HOME > ブログ

ブログ

国選弁護の思い出

「あなた、なんで控訴したの?」
弁護人による型どおりの質問が終わると、検察官が不思議そうな顔で被告人に尋ねた。いいツッコミだ。情状のポイントがあるのなら、ぼくも聞いてみたい。
事件は無銭飲食。被告人は前科4犯の解体工。地裁での判決1年8ヶ月を不服とした高裁審理である。
「いや、自分としては1年半ぐらいじゃないかと」
真剣な顔で訴えられてもなあ。2カ月しか違わないじゃん。それで控訴じゃ迫力不足もいいところ。検察官の後を受け、明らかにヤル気を失った裁判長が言う。
「『ぐらい』の中に入るじゃない」
「でも・・・」
(北尾トロ「裁判長!これで執行猶予は甘くないすか」)

 

いまは弁護士も増えて、新人研修用、及び司法修習生研修用の事件すら不足しているということで、もう2年くらい国選弁護をやっていないのですが、それまでは、事件の引き受け手がない「滞留事件」を中心に、結構国選弁護をやっていました。
滞留事件中心となると、基本は控訴審か上告審になります。
選任命令をもらって、被告人に接見に東京拘置所に向かうのですが、中には、どうしても法律上の控訴理由が見出しがたい事案があります。
上記の例は、まだ2か月を不服としているのだから、1年6か月だった事例をいくつか集めればいいのですが、僕が担当した事件では、判決に不服はないと言い切る被告人がいました。
「じゃあ、なんで控訴したの?」
「共犯者の刑が軽すぎるから」
それ、君の事件と関係ないから・・・
 

控訴の取り下げを進めるという方法もあるが、そうすると一切未決拘留日数が通算されなくなってしまうので、控訴してしまった以上、形だけでも控訴審を進めざるを得ないのだ。


あと、無期懲役の判決を不服として控訴した被告人がいました。
「死刑がいい」
いや、一審より重い刑を求めることはできないから・・・
 

僕は、無意味に長い文章を書いて自己満足に浸るタイプの書面が大嫌いで、文章は短ければ短いほどいいという考えを持っているので、上の2例の控訴理由書は、2回ほど接見しても何も得るものがないと判断したら、3行だけで提出しました。
裁判長から呼び出され、まじめにやれと怒られました。
「まじめです。弁護人という立場で被告人と接見しても、法律上主張できる内容は3行です。」
裁判所から弁護士会に苦情が行ったそうです。
つらい立場だなあ。


サンタクロースは罪な奴

「その後、ハルヒは俺たちを整列させて、その前で何か言っていた。
 

『いい?この時期ね、街の中でサンタを見かけてもホイホイついていったりしちゃダメよ。奴らは偽物なんだから。本物は地球上にピンポイントでしか現れないの。みくるちゃん、あなたは特に気をつけるのよ。知らないサンタから安易に物を貰ったり、言われたことにうなづいていたりしちゃダメ』

朝比奈さんをムリヤリ偽サンタにしておきながら言うセリフじゃないだろう。
よもや、こいつはこの歳になっても妹同様に例の国際的ボランティア爺さんの存在を信じているんじゃないだろうな。織姫彦星に向けて願望充足メッセージを放つような奴だからあり得ないことでもないが、俺はまさかと思うに留めておいた。」
(谷川流「涼宮ハルヒの消失」)

 

いま子どもの間で、ローラーの付いている運動靴が流行っていて、ときどき見かける。
くいっと蹴るとつー、とすべっていくやつだ。
娘もそれを持っていて、それで塾に行った帰り、遊歩道を歩いていると転んだ。
消毒しているところを妻が見咎め、
 

「またローラー履いていったでしょう!遊歩道でしか使っちゃだめって言ったでしょう。行き帰りは普通の靴を履いていきなさいって何度も言っているのに、持っていった?
今度道路で普通の靴を履かなかったら捨てます!」
 

怒りの矛先は僕にも向いた。
「あんた、見ていながらなんで注意しないの!!」
 

注意って言ってもなあ。遊歩道に滑りに行くだけのために行ったり、靴を二足持って歩く方がおかしいと思うぞ。
「買ってやったの誰だ。おまえだろ。買ってあげといて履くなは無体だろ。」
 

妻「私じゃないわよ。サンタよ。」
 

財務省も顔負けの無尽蔵の予算を持った年に一日しか働かない爺さんがどこにいる!!


すばらしい関係

「権威ある女性誌の人生相談の回答者が、男性読者のひとりから、次のような手紙を受け取った。
『僕は20歳、独身のわかものです。六か月前から、誰が見ても魅力いっぱいの娘と同棲しています。それは美しく、利口で、愛想がよく、かわいらしくて・・・。ぼくたちはお互いに、声を張り上げたことなど一度もありませんし、口げんかで二人を包む青空に、かげりがさすなどといったこともありません。そこでお伺いします。ぼくは彼女と結婚すべきでしょうか』
回答者は即座にこう答えた。
『そんなすばらしい関係を台無しにするのは、おやめなさい』」
(角川文庫「ポケットジョーク2」)

 

妹が結婚した。
大学入学のときから付き合っていて、数年前僕が肥満で入院したときには見舞にも来てくれた男だ。
社会人になって遠距離でも続いている仲良しだそうだ。
披露宴で二人が僕らのテーブルに挨拶に来た。
僕は新郎の首をかかえこみ、ちょっと来い、と言って離れた場所に連れて行った。
 

「お前たち、7年も付き合っている仲なんだろ。なんてバカなことをするんだ。素晴らしい関係を続ければいいじゃないか。」
 

妹からマジでキレられた。


前田恒彦検事

「証拠がなければ作れ!」(小林俊彦 平成9年度那覇地検指導係検事)

 

僕は実は検事志望で司法試験を目指していました。
で、司法試験に受かって、検察教官も東京地検特捜部出身で人間的にすごく温和な方に恵まれ、取り調べがんばるぞー、と実務修習第一クールの検察修習が始まりました。

僕にあてがわれた事件は、第三者の供述調書と照らして、被疑者の弁解が合理的であったので、僕は立件は無理、という意見を指導係の検事に言いました。
 

冒頭の言葉で、僕は怒られました。
「警察が送検してきた事件を割ってこそ警察からの信頼を得られる」のだとか。
 

そして、見本として、指導係の検事は、机をけったり怒鳴ったり支離滅裂なことを叫んで取り調べをしました。でも、指導係の検事も結局自白はとれませんでした。
横で見学していて、ああ、なんて格好の悪い仕事なんだろう、と思い僕は検察志望を止めました。
あとは指導係との会話を避けて、ひたすら副検事の事件を取り調べて時間をつぶしました。


いまインターネットでコバトシを検索すると、公判での証人尋問が支離滅裂、という評がでてくるので、そういう特殊な指導係にあたっただけなのかもしれませんが、検察官の研修で客観証拠軽視、自白重視ということを教えていたのはおそらく間違いないのではないかと思っています。
 

当時の那覇地検の四席検事が東京地検特捜部への応援から一時帰沖して、お酒を飲む機会があったのですが、
 

      やっぱり、自白は証拠の王なんだよ。
      自白させられないと、特捜部では後ろ指さされるよ。
 

ともらしておられました(ちなみにこの方は尖閣諸島沖の漁船衝突事件で中国人船長を釈放した件で、那覇地検次席検事として記者会見をしておられました。あー、みんなえらくなっていくんだ。。。)。
 

証拠開示を求めても証拠の有無すら答えようとしない検事は山といます。
客観証拠で不都合なものがあれば隠せばいい、という発想は絶対検察にあったと思います。
それがさらにすすんで客観証拠で不都合なものは変造しちゃえばいい、という発想に突き進んで、大阪地検特捜部の前田恒彦検事は押収したフロッピーディスク内の文書ファイルのプロパティを変造するという行為に出たのでしょう。

もし、それが悪いことだという意識がちょっとでもあったら、前田検事は変造を同僚検事に漏らすことなく、墓場まで持っていったでしょう。きっと、許されると思ったからやったんだ。許されると思う土壌があったんだ。
 

今回の前田検事の逮捕は、時代が変わったことを全検察官に知らしめるためのスケープゴートなのでしょう。
 

弁護人としては、争ってもしょうがないと思う証拠でも基本は証拠採用に不同意すべきであるという点に原点回帰して対抗していかなければいけないと思います。


マクドナルドにて

僕「アイスコーヒーとポテトのM」
店員「かしこまりました。アイスコーヒーのホットのMですね。」
 

・・・持ってきてみろ。


コール・ガール

「【ロンドン5日=長田黎通信員】イングランド代表FWウェイン・ルーニー(24)=マンチェスターU=に不倫問題が発覚し、7日の欧州選手権予選・スイス戦(アウェー)帯同が見送られる可能性があることが5日、分かった。

 同日付の複数の英紙はルーニーの妻・コリーンさんが第1子のカイくん(10カ月)を妊娠中に、ルーニーが一晩1200ポンド(約16万円)の高級売春婦、ジェニー・トンプソンさん(21)と長期にわたり度重なる関係を持っていたと報じた。」(サンスポ)

 

え?・・・・・・
 

16万円?・・・・・一晩で?
 

経費で落ちるのかしら
 

「『ねえ、女を呼ばないか?』と五反田君は言った。
『僕は何でも構わないよ。君の好きにすればいい』と僕は言った。
『金を払って女と寝たことはある?』と彼が訊いた。
ない、と僕は言った。
『どうして?』
『思いつきもしなかった』と僕は正直に答えた。
五反田君は肩をすぼめて、それについてしばらく考えていた。『でも今夜は僕につきあった方がいい』と彼は言った。『キキと一緒に来てた女の子を呼ぶよ。何か彼女についてわかるかもしれない。』
『君にまかせる』と僕は言った。『でもまさかこれは経費じゃ落ちないだろう?』
彼は笑いながらグラスに氷を入れた。『信じないかもしれないけど、落ちるんだよ、それが。そういうシステムになってるんだ。パーティー・サービス会社という建前になっていて、ちゃんとクリーンなぴかぴかの領収書を切ってくれるんだ。調べが入っても簡単にはわからないような複雑な仕組みになっている。そして女と寝るのが見事に接待費になる。凄い世の中だ』
『高度資本主義社会』と僕は言った。」
(村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」)


服装の乱れは・・・

桜庭ひかる「うーす」
八坂こう「あれ 先生珍しいっすね」「それにしても・・・先生もっと可愛い服着れば似合うのに せっかくチマくてキュートなのにもったいないなぁ」
桜庭「いーんだよ 人間大事なのは中身だろ」
八坂「中身って・・・先生 日本には“服装の乱れは心の乱れ”って言葉がですねーーー」
桜庭「あーまったくいちいちうるさいやつだーーー」
(美水かがみ「らき☆すた 5」)

 

交通事故をおこしてから両親家族の監督がきびしくなり、Tシャツに短パンという服装をゆるしてもらえなくなりました。
そういう恰好をしているから気が緩んで事故になるんだとか・・・関係なくね?
弁護士の世界も競争厳しい折、ユニークな個性を殺して普通にしててどうすんのよと思いつつ、今はYシャツにスラックスという服装を強いられております。
 

弁護士会で知り合いの弁護士とすれ違っても僕だと気づいてもらえません・・・


私の優しくない先輩

「ああ、そうだよ。俺はクサいよ!あたりまえだろ?生きてるんだから!!」
(映画「私の優しくない先輩」2010年ファントム・フィルム)

 

「私の優しくない先輩」を観てきました。エンディングロールの、5分間ワンカットのダンスシーンは見事でした。
これだけのために、たぶんDVD出たら買うな。

聞くところによると山本寛監督(ヤマカン)のダンスは有名だそうで、いまさらながら、DVDで「らき☆すた」や「涼宮ハルヒの憂鬱」などヤマカン監督のアニメ作品を観てみました。
 

うわー、おれ、オタク化しているなあ、と思いながら。
アニメの方のダンスシーンはそれほどじゃなかったのですが、涼宮ハルヒの憂鬱は話自体が笑えた。


ところで質問なんですが、「涼宮ハルヒの憂鬱4」と「涼宮ハルヒの憂鬱4 笹の葉ラプソディ(第1巻)」はどうちがうのでしょうか。なんで4が第1巻なんでしょうか?
アマゾンで注文するとき困ってしまいました。


心にぜい肉がつくと、ジーンズは似合わない。

「その昔、ジェームズ・ディーンが主演した『理由なき反抗』という映画があった。あの頃、ジーンズといえば、不良っぽい若者がはくものだった・・・。それから少し時が流れ、若者たちが、大人の考え方や社会に反発するようになった。ヴェトナムの反戦運動をはじめとする、いわゆる反体制運動だな・・・」
と佐伯。爽太郎は、彼を見た。
「あんたが青年だった頃だ」
「そう。そういうことだ。当時、私もデモに行ったりしたものだ。それは、若い連中としてはごく普通のことだった。そして、そんな頃、若い連中の多くがジーンズをはいていた。つまり、ジーンズは、大人の社会と一線を引く世代のものだったんだ」
と佐伯。爽太郎は、口笛で、ボブ・ディランの<風に吹かれて>を軽く吹いた。佐伯は、苦笑い。
(中略)
「そう・・・つまり、私が思うジーンズとは、単なるファッションじゃない。言ってみれば、身につけている人間の生き方にかかわっているものだ」
「反体制?」
と爽太郎。佐伯は苦笑い。
「いや、そこまでは言わない。しかし、すでに誰かがつくり上げた世の中の流れに、おとなしく従うんじゃなく、<ちょっと待てよ、それは本当にそれでいいのか?>と考えてみる、あるいは、<それは違うんじゃないか?>と突っぱねてみる、そんな骨のあるというか、気概のある人間に、うちのジーンズをはいてもらいたい。そんなイメージ広告というか企業広告を展開したいんだ」
と言った。
(喜多嶋隆「あのバラードが歌えない」)

 

僕はジーンズにTシャツというスタイルで執務することをPRしてきたのだが、事故を起こしてから両親をはじめ家族の監督が厳しくなり、車とバイクの運転を禁止されたうえ、ワイシャツにスラックスを強要されております。
 

生き方を否定された気がする。


サヨナラには早過ぎる

「愛車、マークⅢ.走行距離16万キロ
エンジンのオーバーホールすでに3回
まだまだ乗り続けるつもり
1台のクルマと、とことんつき合う・・・・・・そんな生き方もいい
サヨナラには早過ぎる。」
(喜多嶋隆「サヨナラには早過ぎる」)

 

2週間前から、とある場所にとじこめられていました。
2週間前のある日の朝5時、家族宅に入電
「こちら都立広尾病院です。大変申し上げにくいのですが、佐藤文昭様が意識不明の重体です。ご家族の方はすぐにお集まりください。」
 

朝8時、続々とICUに集まる家族。
 

約6時間後・・・ん、んあ?
僕は目を覚ました。
迫りくる看護師たち
容赦なく浴びせられる質問の嵐。
「今日は何日ですか?」「えーっと、19日が月曜日だったから、26日?」
「自分の名前を言えますか」「佐藤文昭です。」
「ここはどこですか?」「知りません。」
「手足をグーパーしてください。」「しびれてませんか?」
僕はベッドに縛り付けられ、酸素マスクと点滴をつけられて尿道からカテーテルもつながれていた。
ただ寝ていただけだったのにすごいことになっている。
 

良く覚えていないのだが、聞いたところによると自動車が停車中の車と衝突して円弧を描くように滑走し、中央分離帯に激突して転倒して止まったらしい。
現場にはガソリンも流れ出して火災の危険もあったそうだ。
車の下の方に血を流してうずくまっていた僕を、とおりがかりの人たちがエンジンを切って火災を防ぎ、車を押して引っ張り出してくれたらしい。
お気に入りのオザケンの「ひふみよ」ツアーのTシャツが救急隊に切られてしまった。
ショック。


で、そのあと、1日ごとに管が1本、また1本と抜かれ、
    「こいつ実はたいしたことないんじゃないか?」
という空気がERにながれはじめたのだが、そこはさすがお役所仕事の都立病院、MRIの検査で脊椎に異状なしと診断できるまでERからは出せないとのこと。
このERというのは、外に買いものにでかけることもできないし、中から電話もかけられないし、12歳以上の家族しか面会できないし、家族に面会にきてほしいと伝言を頼んでも病態の急変以外は病院からは連絡できないという、留置場以上に不便なところなのである。
そしてMRIの検査もキャンセル待ちで1週間意味もなくERに閉じ込められ、僕はERの中をうろちょとしていたのであった。
そして検査の結果脊椎に異常はなく眼底を骨折しているだけだと分かり、一般病棟に移り手術。
腸骨を削り取って右目の下に移植して、1週間経過を観察したら、今度はすばやいもので抜糸とともに、「はい、じゃあ今日退院ね。」と追い出されてきたのでした。
 

退院しても安静は必要なので、今月は仕事をセーブさせてもらっています。
ご迷惑をおかけします。
 

12月に買ったばかりのクルマが、廃車だよー
サヨナラには早過ぎる。


<<前のページへ345678910111213

アーカイブ

このページのトップへ