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心のケアによる二次被害

「5月半ば、突然の電話に、看護師の阿部幸子さん(53)は耳を疑った。岩手県赤十字心のケアセンター統括として、避難所に『日赤心のケアチーム』を派遣しているが、現場の保健師が、『避難所では「心のケア」と名乗らないで』と言ってきたのだ。
『何かご迷惑でも・・・・・・』。心配して尋ねると、保健師はこう説明してくれた。
『心のケアを掲げる色々なチームが避難所を訪れ、被災者に質問するので、被災者が辟易して、他の避難所に移りたいと言うのです』」(2011年6月22日読売新聞)

 

岩手大学(の中の放送大学)に、カウンセリング実習に行ってきました。
ペアを組んだ女の子の様子がちょっとおかしい。先生がまずグループエンカウンター(見知らぬ人たちがお話しできる雰囲気をつくるための遊びのようなもの)をおこなったのだが、伏せ目がちで、口を開かない。
課題にはいって、「2分間お互い目をそらさずに見つめあってください」と言われても、ずっとレジュメに目を落として、授業に参加しようとしない。「交代で~について話してください。聞く側は最初の2分は興味なさそうに、次の2分は相槌を打ちながら興味津々に聞いてください。」と課題が与えられても、無視して終始無言。
この子は難しいぞ。
最後には「授業に参加しましょうよ」と言い捨てて、あきらめた。
心に何かを背負っているのだろうか。20歳で普通の大学に行かず放送大学に来るという時点で、何か事情があるのかもしれないと思った。
 

共感して傾聴して、オープンクエスチョンで言葉にならない思いを言語化してもらう・・・カウンセリングというのはそういう段階を踏んで心の傷をいやす営みなのだが、この子のおかげで、これがなんと難しいことかと実感できた。

にもかかわらず、弁護士会では、相談担当者のために2時間「心のケア」の座学研修をしただけで、東京から弁護士を避難所に派遣している。分かった気になるだけで、絶対分かんないよ弁護士には心のケアなんて。
最近は「ロイヤリング」なんていう、法的カウンセリングという意味の言葉も流行っていて、普段からロイヤリングを行っている弁護士こそ的確な相談相手なのですとか執行部は言っているけど、弁護士は何でもできるっていう驕り以外の何物でもないね。
 

日本心理臨床学会支援活動委員会が6月9日「心のケア」による二次被害防止ガイドラインを策定し公表した。心のケアが叫ばれる東日本大震災の被災地で、駆け付けた支援者により、かえって被災者が心の傷をえぐられる2次被害が懸念され、トラブルも起きているというのだ。ある避難所では「マスコミお断り」に加えて、「心理カウンセラーお断り」の張り紙も張り出されているとか。味の素スタジアムでの避難所法律相談で、避難者から帰れと言われて「私たちは私たちにできることをしたいので、また来ます」というような返事をした弁護士の報告がMLでながれていたが、それじゃマスターベーションだろ。そのうち「弁護士お断り」の張り紙もはりだされるかもな。
 

さきの「ガイドライン」の序文では「災害後の『心のケア』の重要性が広く知られるようになり、一般の方から、企業や芸能人、あらゆる分野の専門家の方まで、『心のケア』を行いたいと考える人が増えてきました。しかし、良かれと思って行った援助活動が、結果的にマイナスに作用することがあります。」と述べ、
1 ケアは継続できる人が行ってください。継続してケアできない心理援助者は、被災者への直接支援を行うべきではありません。
2(略)
3 フォローアップのないアンケートは行わないでください。(略)残念ながら、心理教育、ストレスマネジメントそして個別のフォロー体制のないアンケートが実施される
ことがあると聞いています。阪神淡路大震災や四川大地震で繰り返されたアンケート公害を今回の被災地で発生させないようにしてください。
などと書かれている。
 

「あらゆる分野の専門家」って弁護士も入るだろうな。
そして、日帰りで、毎日別の相談担当者が訪れるというのは1に反するし、立法提言をまとめるためとヒアリングするのは3に触れる。
心のケアではなく法律相談だと言うのであれば、現在被災者が直面している二重ローン、生活再建・事業再建のための資金手当て、所有する土地の境界画定・瓦礫処理、原子力損害賠償などはいずれも立法対応・行政対応が必要なもので、弁護士にいまできることが果たしてあるのか問いたい。
 

日弁連は、被災地への弁護士派遣を取りやめ、資金援助に特化するべきだと思う。


AKB48 MIX

「あーよっしゃいくぞー!タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」
「あーもういっちょいくぞー!虎!火!人造!繊維!海女!振動!化繊飛び除去!」
 

私もAKBのファンです、というお客さんがいて、僕が、ライブの時に会場のコールがきれいにそろっているのはなんでなんだろう、みんななんて言っているんだろうねえ、などという話をしていたら、以上のような掛声をかけているのだと教わりました。
なんでもモーニング娘。のころに開発された掛け声で、mixって言うらしいんですが・・・・・・意味が分かんねえ!


無意味語の記憶といって、意味のない文字列を何文字記憶できるかという問題が実験心理学の分野ではあって、たしか4語くらいが平均だったはず(だから電話番号は4文字ごとにハイフンで区切っている。)。

こんなに長い無意味ワードの連鎖覚えられるはずがない。

誰か意味のわかる人いますか?


お役所の鑑!

6月1日から、環境省でスーパークールビズがはじまりました。
 

この日、東京の最高気温は14.6度という寒さ。暖房がほしいくらいです。
でも、決められたことはきちんと守る役人たちは、スーパークールビズで来たそうです。
JNN系の報道では、アロハの上にジャケットを着て登庁する官僚の写真がインターネットで見られました。
アロハにジャケットはないだろ・・・ははは。
 

僕も冬場に超ウルトラスーパークールビズスペシャルデラックスバージョン(Tシャツに短パン)で裁判所に行くことがありますが、これは太っててちょっとでも動くと汗が出るほど暑いからであって、寒いときは僕も服は着ます。


DREAMS COME TRUE?

夢オチはあまり好きではないのだが、夢を覚えているうちに残しておこう。
 

目が覚めたら、枕の脇に一冊の本が置いてあった。
メモが添えられている。
「この本なら、君でも解ると思う。もし解らないところがあったら、本屋さんに聞くように。」
 

さて、夢分析の結果やいかに?


ワインのオン・ザ・ロック

「僕とプロデューサーは、プリモ・ビアー。飲めないカメラマンはジンジャエール。
そして、サンディは白ワインのオン・ザ・ロックだった。
ストレート・グラスに氷をひとつかみ入れる。そこへ白ワインを注いだ。
意外そうな顔をしてる僕らを、逆に驚いた顔でサンディは見た。いつも、そうして飲んでいるんだろう。
『ワインのオン・ザ・ロックか・・・・・・』
と言う僕に、
『これならぬるくならないし、適当に薄まるから酔っぱらわないしね』
とサンディ。二コリと白い歯を見せた。その金髪のロング・ヘアーが、海からの風にフワリと揺れた。
ワインのロックは、それ以来、ロケ隊の間で大流行した。
僕は大切なことをサンディから教わったような気がした。
ワンピースにテニスシューズ。そして、ワインに氷・・・・・・。
常識的に言えばおかしくても、本人がよければ、それでいいのだ。本人がそれを快適だと心の底から感じていれば、それがサマになってしまうのだ。
ドレスアップの良い意味での対称語である<ドレスダウン>という言葉を、僕はふと思い浮かべていた。」
(喜多嶋隆「ドレスダウン」)

 

 今日は渋谷法曹会という、渋谷区在住の弁護士の懇親会に出てきた。
 渋谷法曹会は渋谷区からの区民法律相談を請け負っているので、区役所からも課長以下3人の広報広聴担当者がお越しになっていておどろいたのだが、まあそれはいいとして、飲み放題と言っても品数が少なく、焼酎は大学入学時のトラウマから飲めない僕としては、ビールの後は日本酒といきたかったのだが、熱燗しかメニューにない。
 そこで、サンディにならい、ワインではないが、日本酒のオン・ザ・ロックを味わわせていただくことにした。
 これは意外といい。
 

 最後に初めての参加者に自己紹介を求められて、「短パンにTシャツで法廷に現れる人誰?と聞けばだいたい特定できる佐藤文昭です。今日は宗旨替えをしてワイシャツにスラックスですが、裸足はそのままです。喜多嶋隆の小説が好きで、アロハにビーチサンダルでオフィス街を歩く人生観が好きです。」
と自己紹介した。
 

 実際、喜多嶋隆の小説は、ワンパターンな展開の小説を大量生産されているのであるが、ところどころ、僕の価値観にジャストミートする表現がある。
 

 裸足じゃ依頼者に評判悪いと思いますよ、と言ってくれた弁護士もいたが、幸い、そういう依頼者を断ることができる程度に繁盛できている。感謝。


時代が5年遅れて僕についてくる。

「環境省は12日、東日本大震災に伴う夏場の節電対策として、これまでのクールビズより一層の軽装を促す「スーパークールビズ」を6月から実施することを決めた。ポロシャツやアロハシャツ、スニーカーに加え、無地のTシャツやジーンズ姿での勤務もOKとする方向で調整している。
 

 福島第1原発事故や浜岡原発停止による電力不足が懸念される中、環境省が軽装を率先して導入、冷房時の室温28度設定による節電の徹底を図る狙い。他省庁や自治体にも参加を呼び掛けるほか、ファッションショーでのPRも予定している。」(共同通信)


時代が5年遅れて僕に追いついた感じだな。
ところが弁護士会は法律相談では普段着は避けるというドレスコードを担当者ガイダンスで「お願い」(逆らうと法律相談の担当から外されるので、実際はお願いではなく強制)するようになり、時代に逆行している。
 

なーにが「弁護士らしい服装」だ。
もーやだ、この業界。


着眼点はいいのだが・・・

バスに揺られていると、女子高生の会話が耳に入ってきた。

女子高生A「母の日に何かする?」
女子高生B「うーん、国民の日に何もしてもらってないから、パスかなー」
 

センスはいいんだが、5月4日って「国民の日」って呼ぶのか?


自分のイメージ管理

小沢「だから、今どき三億人とかいう数の人たちがフェイスブックをやって、自分はこんなことが好きな、こんな人です、みたいなことを、こまめに発信しているではないですか。工夫して撮った自分の顔写真をのせて」
うさぎ「ブログとか、トゥイッターとか」
小沢「そう。で、最初は素直に自分の日常を書いている人でも、すぐに『これは本当は好きなんだけど、ブログに書くと会社の人が読むかもしれないからやめておこう』とか、人目を意識するようになって」
うさぎ「だんだん『自分のイメージ管理』が始まるわけですね。『これを好きだと書くと、お洒落に見られるかな?』くらいから始まり、『この人と友だちだとイメージがいいけど、この人と友だちになるとイメージが悪くなるのでやめておこう』とか計算高くなってきて」
小沢「そうやって、仕事関係の人や知らない人が自分をネットで検索した時のための、表向きの自分のイメージをコントロールするのが、当たり前になっていて。だって、みんなが検索されるではないですか。だから、自分を良く見せるために、自分で自分の広告代理店をやるというか、自分のイメージ管理をするのが、多くの人にとって普通になっていて」
うさぎ「あー、疲れそうですね」
(小沢健二「ひふみよ」)

 

軽くフェイスブックやツイッタ―が批判されていますが、このブログも営業用にやっているわけで、これでもイメージを管理するという方針は持っていて、何でもかんでも書いているわけではないのです。事務所の営業方針に合うように、こう書けばお客さんにフレンドリーに感じてもらえるかなとか、これは面白いけど固くなるからやめようとか、これを書いた後でこれを書けば幅の広い人だと思われるかなとか、素材の取捨選択はしているのです。また、当然のことながら、書いてあるエピソードが全部ノンフィクションとは限らない。
 

でも、こういう情報を発信し続けることで、20年前から音信普通だった元友人と再びネット上で会話ができるようになったりするので、便利なもんだと思います。
ちなみに、そうやって知り合った昔の友人のブログの上では、僕はその友人のイメージ管理には気を配らないコメントを残しています。


花泥棒

「プール・サイドには、人がいた。
デッキ・チェアーに寝そべっている。初老の男だった。眠ってはいない。へいの上で花を摘んでいるロコ・ガールの姿は、もちろん見えるはずだ。
が、その初老の白人は、何もいわない。くわえたパイプに、火をつけている。
『1つだけ、きいてもいいかい』
へいの下から、僕は言った。
『なあに?』
彼女は、プルメリアを摘む手を休める。へいに坐った。
『中に人がいるのは、見えるだろう?』
『ええ、見えるわ。白人のおじいさんね』
『花泥棒が、自分の家のへいで仕事をしているのに、彼はなぜ何もいわないんだい』
『あら、知らなかったの?きょうはレイ・デイよ』
『レイ・デイ?』
『そうよ。毎年、5月1日は、ハワイではレイ・デイなの。みんな花を編んだレイを首にかけて、パーティーにいったり、デートをしたりね』
『へえ。知らなかった』
確かに、きょうは5月1日だった。
『で、レイ・デイには、花泥棒をしてもいいことになってるのよ』
なるほど。それで、へいの中のじいさんも、何もいわないわけか。
『いつから、そうなってる』
『ずっと前から。私が生まれたときは、とにかくそうなってたわ』
ロコ・ガールはそういって微笑う。また、プルメリアの花を摘みはじめた。」
(喜多嶋隆「プルメリア泥棒」)

 

メイ・デイはシュプレヒコールがうるさくてかなわないけど、ハワイは平和でいいなー。


なんだかんだで

「青い空がちゃんと青くまた見えるようになるまで
あともう少し、もう少しなの
そしたらどこへも行ける
しょうがないことや解らないことは 消しても消しても溢れ出す
泣きたくなったら苦い薬みたいに swallow, swallow 飲み込んで
 

忘れることができないのなら せめて今は深呼吸して
涙のつぶは苦い薬みたいに swallow, swallow 飲みこんでしまおう」
(「swallow」古内東子)

 

いつも本を読んだり音楽を聴いたりしているときに思いついたことを書くかんじでやっているこのブログですが、3・11以後の自粛ムードのせいかしらん、読書を自粛し、音楽を自粛し、風呂に入るのを自粛し、靴下をはくのを自粛しているうち、あまり更新することもないまま桜の季節も過ぎ、5月も目前になってしまいました。
 

新宿の駅前では、「僕らは歌うことしかできません」といって路上ライブをしている人たちがいて、インターネットでは「私たちはマーケッティングしかできません」といってアンケート調査をしている楽天リサーチのメールが流れ、僕に何ができるだろうと考えていると、そうだ、僕には人を訴えることしかできないと思い至り、たまっていた訴状の起案をせっせとこなしていました。
 

海外在住の古い友人のブログ上で、原発について議論したり、福島に行ったりもしたけれど、僕は日本は大丈夫だなって楽観的に思っています。
津波の犠牲者は行方不明者あわせて2万7000人なのに対し原発の犠牲者はゼロ(避難所で亡くなったかかたを除く。)。福島で行った避難所はビックパレットというところなのだけれども、プライバシーもくそもないダンボールでかこった区画にただ寝るだけの生活は、快適ではけしてないかもしれないけれど、誰かが引き受けなければ日本の電力供給は破たんしてしまうから、やむをえないように思った。
僕の法律相談は1時から4時の3時間だけで、しかも義援金の配分開始の日とかさなったため、みんな義援金の方に目が向いて、相談らしい相談はあまりなかったな。義援金給付の申込書の代書の依頼なんかがありましたが。
ビックパレットの中は、まさに被災地から着のみ着のまま逃げてきた感があふれているのだけれど、ひとたびビックパレットから外に出ると、まったく普通の状態。
事前の研修では情報不足が指摘されていたけれども、掲示板には整理しきれないくらいに情報があふれており、相談に来た方の方が市町村独自の支援策を知っていたりして、こっちが逆に教わる立場。
弁護士いらんな、と正直思いました。
 

ただ、生活していくにはお金が必要なわけで、ビックパレットの中にある飲み物の自動販売機も、当然、お金を入れないとお茶は出てこない。
当面の生活費を確保するために、郡山市(ビックパレットがあるところ)の福祉事務所に生活保護を申請し、転宅費を受給して仮設住宅での生活に必要な最低限の家具をそろえるなどの支援をすることこそ弁護士の役割だと思うのですが、昼行って夕方帰って来るようじゃそんなことできないし、しかも、受任の必要があれば福島県弁護士会の弁護士に回すというしばりがあり、よその組のシマを荒らすと大変なことになることを数年前に身をもって感じている僕はここでしゃしゃり出る気もせず、被災地支援からは退散かな。


あ、そうそう、日弁連から、日弁連が集めた義援金の使い道が報告されました。3分の1が日本赤十字に・・・これはよかろう。でもね、3分の1を日弁連の災害対策支援事業に、3分の1を被災地弁護士会に寄付って、なんじゃそりゃ?寄付が弁護士の収入になるわけで、寄付金控除の対象にならない弁護士会への義援金を出さなくて本当に良かったと思うとともに、弁護士会は本当にバカの集まりだと心の底から思ったのでした。


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