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ヘブライズムとヘレニズム

「1 ヘブライはユダヤ・キリスト教の伝統を指し、創世記1章1節に「初めに神は天と地を創造された」とあるように、創造者なる唯一神を主張する。人間や自然界は全能の神の手の中にあり、神は人間や万物を存在せしめ、積極的に人間界に介入する。
  ヘブライにおいては人間は「原罪」を背負い、知・情・意において堕落しており、絶対神の前で否定され、神の主権が徹底している。
  そしてヘブライの歴史観は、世界には始めと終わりがあり、終末に向かって進んでいくと考える。終末は、完成であり、破局であり、希望である。
 

2 ヘレニズムはギリシア・ローマの古典古代の伝統を指し、神のついての観念は多神教的であり、人間の理性を評価している。
  そしてヘレニズムの歴史観は円環的であり、宇宙(コスモス)が哲学的思考の中心に据えられる。
 

3 ヘブライズムにおいては、神という超越的権威の前にこの世の世俗的権威が相対化されるという認識があり、国家についても契約共同体としての性格を有している。
  これに対しヘレニズムでは「皇帝礼拝」が生じるなどしばしば世俗の政治的権力が神聖化され、国家については有機体としてとらえられる。
  皇帝ネロは、キリスト教とがローマ皇帝礼拝を拒否したりローマの神々に供物をささげて礼拝するのを拒否したことから、キリスト教徒を迫害した。63年のことである。
 

4 2世紀ごろ、キリスト教とギリシャ哲学との融合が始まった。ユスティノスは「トリュフォンとの対話」でキリスト教を新プラトン主義やストア派の哲学の助けを借りて弁証しようと試みた。これに先立ち、キリスト教神学のアレクサンドリア学派も、ギリシャ哲学とキリスト教を融合させようとし、聖書のギリシャ語訳(七十人訳聖書)も完成させている。
 

5 アウグスティヌスは354年に生まれ、430年に死んだ。373年にマニ教に入信したが、プロティノスの新プラトン主義に触れることによってマニ教の善悪二元論から解放され、387年に洗礼を受けキリスト教徒となった。
  プロティノスの思想は、すべての存在と価値の根源であり、永遠で、不変で、完全な神から魂が流れ出し、また魂はその根源である神に戻り神と合一する。そして、人は内なる超越を通して神と出会い、帰還する。
 

6 アウグスティヌスは「自由意志論」を執筆し自由意思を強調したペラギウスと論争し、人間の意思の腐敗と堕落、恩寵のみによる救済を強調した。
  384年にテオドシウス帝がローマの古代の神々への礼拝を禁止しキリスト教を国教と定めると、395年にローマ帝国は東西に分裂し、410年に西ローマ帝国に西ゴート族が侵入した。異教徒はこのとき永遠と考えていたローマの崩壊の兆候を感じ取り、ローマの陥落をローマ古来の神々を捨てたせいにしてキリスト教を攻撃した。
  これに対しアウグスティヌスは427年に「神の国」を執筆し、永遠の都ローマの崩壊の真の原因はローマの伝統的な神々をすてたことではなく、ローマの罪に対する神の裁きであることを主張した。そして、プラトンが「善のイデア」を知性の太陽にたとえ、「善のイデア」がそれに従属するもろもろのイデアを照らすと考えたが、アウグスティヌスは、自然的理性によっては人は永遠不変なものに到達できないから、永遠の真理が人間の精神に対して開示されるのは神の光によるものだと考えた(照明説)。
  アウグスティヌスは、世界史を神への愛に生きる集団である「神の国」と自己愛・欲望に従って生きる集団である「地の国」の不和・闘争・戦争として書いている。「地の国」には国家が属し、「神の国」には神を愛する人々の群れが属する。「神の国」は時間と空間を超えており、天使たち、すでに死んで天国にいる聖徒、地上に生きている聖徒を包括した不可視的な共同体である。
 「神の国」に生きる者も、神を礼拝し信仰生活を送るには地上の平和を必要としているのであって、「地の国」国家の法秩序を尊重する。また、「地の国」に生きる者も将来「神の国」に移されることもありうる。最後の審判までは、この現世においては「神の国」と「地の国」はまじりあって進むのである。
 

7 西ローマ帝国は476年に滅亡し、以後約1000年間、ゲルマン諸民族が政治・社会の担い手となる。
  しかし、中世においてもアウグスティヌスの思想は神学者や哲学者に大きな影響を及ぼし続けた。宗教改革を行い、アリストテレスを糾弾したマルティン・ルターもアウグスティヌス修道会の修道士であった。
  一方で、13世紀はアリストテレスの著作が発見された時期である。
  当初教会はアリストテレスが世界の永遠説(創造説の否定)、神の超越ではなく神の内在、人間の自由意思の否定、霊魂の単一論を主張しているので、キリスト教の教義と相容れないと判断し、アリストテレスの研究・教授を禁止していた。
  しかし、教皇グレゴリウス9世は1231年にアリストテレス研究をパリ大学教授に依頼し、アリストテレス主義とキリスト教の調和を見出そうとした。
  そして、トマス・アクィナスはアリストテレスの著作の註解書を書き、アリストテレスを導入したトマス独自の神学体系を築きあげ、アリストテレスと西欧キリスト教を総合しようと試みた。つまり、ヘレニズムとヘブライズムの総合の試みである。
 

8 スペインでイスラム教徒に対する宣教活動を行っている同志の求めに応じて、トマスは異教徒に対してキリストの福音を弁証した「対異教徒大全」を著したほか、「神学大全」も著している。
  アウグスティヌスは「神の国」と「地の国」を対決させたが、トマスはこれらを階層的秩序として位置付けた。神の創造の秩序は神→天使→人間→動物→植物、というように階層的秩序を構成しており、あらゆる存在はその本性に内在する目的の実現を志向するという目的論と、それ固有の役割を果たすことによって全体の統一と完成に寄与し、それによって存在理由を獲得するという有機体論によって構成された目的論的自然観をトマスは提唱した。
 

9 キリスト教の超自然的な啓示と自然的な理性は相互に区別され、自然的理性の領域の自立性が承認され、両者は調和するものとされる(「恩寵は自然を破壊せず、これを完成する。」)。
 トマスの人間観では、理性的な存在としての人間が前面に出てくる。原罪によって神の似姿は損傷を受けるが、完全に破壊されるのではなく自然本性の善を全く取り去ってしまうものではない。意思は弱体化するかもしれないけれど、理性的認識は可能だというのである。
 トマスは地の国の法についても、「共同的なる幸福への秩序を配慮することが法に固有の働きでなければならない」と述べ「共通善」の達成が法の目的であるとした。そして、神の摂理、世界統治の理念である永久法と、理性的被造物が永久法に参加するときに自然の光、理性によって把握する「われわれのうちなる神的光の刻印」である自然法からなる。
 自然法の内容は、第一に自己保存、第二に種の保存、第三に共通善に追求、である。
 

自由民の生活は国家なくしては不可能であり、ただ国家を通してのみ人々は善き生活を営み、共通善を達成できる。国家は、すべての必要に答える自足性を有する完全な共同体であり、法の強制力、生活に必要なすべてのものの充足を通じて、平和を確立し、衣服・住居・食物といった外的・物質的条件を保障する責任を負っている。
  アウグスティヌスが異教国家を罪の所産とみなしたのとは反対に、トマスは国家に積極的な価値を付与し、国家を倫理的共同体とみなした。トマスはアリストテレスの継受を通して、古典古代の国家観を復活させたのである。そして、トマスの国家観は、アウグスティヌスのそれのような単なる支配機構ではなく、共通善達成を使命とする徳の共同体なのであって、ここにヘブライズムとヘレニズムの融合した国家観がみてとれる。」(3195字)
 

レポートを書いてみた。


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