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ブログ 2011年9月アーカイブ

栄光学園に行って来た。

僕が卒業した高校は栄光学園といって、イエズス会が運営するカトリック系の高校です。
とはいっても、宗教の授業があるわけでなし、礼拝があるわけでなし、カトリック信仰を薦めることすらしない鷹揚さは結構好きでした(じわじわと洗脳している風ではありましたが。)。
校則がないというのも特徴と言われていましたが、ま、たしかに成文としての校則はなかったものの、身に覚えのない「約束」というものがあり(たとえば大船駅から15分の心臓破りの坂は必ず歩き、バスには乗らない。タクシーは論外。朝礼までに制服を脱いで作業着みたいなトレパンに履き替える、など)、あれはいまから言わせればコモン・ローとしての校則だったというべきだろう。
 

いま歴史を勉強しなおしているのですが、イエズス会というのは日本に初めて布教に来たフランシスコ・ザビエルが創設した「部隊」で、天正遣欧少年使節を仕組むなどカトリックの中で重要な位置にある修道会です。分かりやすく言えば、山口組の中の直参の組みたいなものです(もっと分かりにくいか?)。
高校生のとき、僕はあまり悪さをする生徒ではなかったのですが、なにかやらかして「神父様、免罪符(贖宥状)をお売りください。」と言ってみたかった。
 

で、行った用件はとある用事で卒業証明書と調査書が必要になったのでそれをもらいに行ったからなのですが、調査書は封されているので見れませんが事前に教務部長(中二の時の歴史の先生)から聞いた話では卒業後5年で指導要録を廃棄するので習得単位の証明だけで、成績は証明できないと書かれているらしい。赤点だった化学や、「2科目相当分の赤点」だった生物の成績は幻と消えたのですな。
 

実に20年も経つと、セブンイレブンは空を飛んで道の反対側に行ってしまうのだなあ、と思いながらトイレを借りたのですが、このセブンイレブンは僕が毎朝午後の紅茶のストレートを買っていたセブンイレブンと同一のものだろうか、などと妙に気になった。
いまでは授業を聞く時に学生が何か飲み物を机の上に出してときにそれを口にするというのは普通のことなのですが、1991年当時の僕のその習慣は革新的でした。時代は僕に遅れてついてくるのだなあと常日頃思っているのだが、授業中に耳栓をして予備校の授業の予習をするという時代は僕について来ているだろうか?
 

こういう感じで、ワルではないが必ずしも容易ではない生徒であった僕は、調査書の内容が気になり、在学当時、受験予定のない大学を申告して1通余分に調査書をもらい中を見てみたのだが、成績以外何も書いてない当たりさわりのない内容で、「あ、これがおとなの対応なんだな」と思いました。
 

湘南新宿ラインで意外と新宿から近く、息子も通わせたいのだが、成績よくないからなあ。。。


TOMORROW

「ビルの上にはほら月明かり 抱きしめてる思い出とかプライドとか 捨てたらまたいい事あるから
 

涙の数だけ強くなれるよ アスファルトに咲く花のように
見るものすべてにおびえないで 明日は来るよ 君のために
季節を忘れるくらい いろんな事があるけど
二人でただ歩いてるこの感じがいい
頼りにしてる だけど時には夢の荷物投げ捨てて 泣いてもいいよ つきあうから カッコつけないで
 

涙の数だけ強くなろうよ 風に揺れている花のように
自分をそのまま信じていてね 明日はくるよどんなときも」(「TOMORROW」岡本真夜)

 

こういうがんばろう的メッセージの方が世間受けはするのですが、実際に心が疲れている人のために必要なことは、くたーっとすることの方なんです。


海亀みたいに

「その夜、礼子はすぐに眠らなかった。珍しく、ベッドの中で沖縄の話をはじめた。しかも、海亀の話だ。船に乗って、イルカ・ウォッチングに出たという。沖でイルカの群れと出会ったけれど、全く感激しなかったと言った。若い女としては珍しい。僕がそう言うと、
『だって、なんであんなに元気一杯に泳がなきゃならないの。おまけに船の近くまで寄ってきて、愛想をふりまいたりして・・・・・・。イルカなんて、嫌い』
礼子は言った。それに比べ、帰りに見かけた海亀の姿には心を動かされたという。
『泳ぐでもなく、潜るでもなく、海面で、ただくたーとしているの。何をやる気もなさそうで・・・・・・あれは良かったな』
と礼子は言った。」(喜多嶋隆「もう、若くはないけど」)

 

沖縄で過ごしたことがあるのですが、僕も海亀が大好きでした。
心が疲れている人は、くたーとしてみてはいかがでしょうか。


恋愛っていうのはポラロイド

「『特に、理由はなく?』
裕美が聞いた。僕は、うなづく。
『徳に理由はなかった・・・・・・』
どちらかが浮気をしたわけでもない。経済的に問題があったわけでもない。それでも、結婚生活は終わった。それから、もう5年が過ぎようとしている。
『離婚する前後から、ずっと考えていたことがあるな・・・・・・』
僕は口を開いた。裕美が、僕を見た。
『恋愛っていうのは、たとえてみれば、ポラロイド写真、それも昔のポラみたいなものなんじゃないかなと思ったな・・・・・最初は鮮やかな色のポラロイド写真も、月日がたっていくと、色褪せていく・・・・・・あれに似ているような気がするんだ』
『恋愛は、月日とともに色褪せる・・・・・・」
『もちろん、例外はあると思うけど、かなり多くの場合・・・・・・』
僕は言った。
『恋愛結婚して、やがて、恋は醒めていく・・・・・・。それでも、いろいろな事情で別れない夫婦が世の中に多いんだろう・・・・・・恋愛が、情にかわることもあるだろう・・・・・・。けど、うちの場合、相手に経済力があったこともあって、離婚することになった。ポラが退色して、やがて画像が消えてしまうように・・・・・・。いまは、そう考えているよ』
僕は、あえて乾いた口調で言った。彼女は、何も言わなかった。」
(喜多嶋隆「もう、若くはないけど」)

 

ポラロイドは消えてなくなるだけだが、恋愛・結婚相手はお金を要求してくるからなあ。
愛情がなくなったら「婚姻関係破綻」だと勘違いしている人が、弁護士の中にすらいますが、同居していて破綻はあらいえないですから!残念!
相手が離婚を望んでおらず、自分さえ心を入れ替えれば元のさやに戻れるときは、それを破綻しているとは言いません。
ましてや、自分で浮気をしておきながら、それがばれたときの言い訳として「そのときすでに破たんしていた」ってありえないです。
似たような人に二人ほど会いましたが(一人は相手方、もう一人は相談者)、相手方に弁護士がついているのにその点の説明もできないのですかねえ。
 

いい年して、愛情にあふれたうらやましい夫婦なんて日本中に何組いるのでしょうか?


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