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ブログ 2011年8月アーカイブ

せいけんだっかん

「菅直人首相は26日夜、首相官邸で記者会見し『本日、(2011年度)第2次補正予算を加え、三つの重要案件が成立したので、民主党代表を辞任し、新代表が選出された後、首相の職を辞する』と述べ、改めて退陣を表明した。」(時事通信)

 

次の総選挙で自民党が政権奪還をするかどうかはわかりませんが、いちはやく政権脱菅はしましたね。
福島第一原発の処理をめぐり混乱を極めていたのは事実で、漫画にもなったそうですが(「お粗末くん」だっけ?)、誰が首相でも同じだったのではないかなあ、と僕は思っているのです。
むしろ、水素爆発のときにもコメンテーターの原子力の専門家が「格納容器の爆発ではなく想定される中でもっとも軽いケース」とNHKで繰り返していたように、30キロまで避難する必要あるのか?と非難する雰囲気の中で、「念には念を入れて」と枝野が言い訳しながら30キロ避難を決めたのは、菅の功績なのではないでしょうか。
 

ただ、ストレステストはいらなかったよなあ。非常時にはあまり周囲の雑音を気にすることなく、バランスなどを考えない強い統率力が必要で、それが良かったかどうかは後世の判断に任せる態度が必要だと思うのですが、菅はサロンパスを貼り足りなかったようです(←リーダー湿布)。
 

(出典:デーブ・スペクター「いつも心にクールギャグを」幻冬舎)


懐古趣味

故あって「司法試験に合格したことの証明書」が必要になったので法務省に行って発行してもらったら、成績ものっていた。
 

論文式試験96位って、俺なかなかやるじゃん(750人くらい中)。
成績は憲法、民法、刑法、刑事訴訟法、行政法がAで、商法がE。
 

会社法は改正されてから全く分からん、と業務分野から外しているのだけれど、受験生時代からダメだったのか。
 

そういうわけで、会社法に関係するご相談はご遠慮ください。


結婚とポーカー

「ジ二ーは、肘をついて僕を見た。
『結婚って、どんなもの』
『そうねェ・・・・・・』
僕は、仰向けから、うつぶせになる。
『この前の仕事がロスで終わって、1日、ラスベガスに遊びに行ったんだ』
『うん』
『ポーカーをやってた』
『うん』
『8のスリーカードができた』
『で?』
『負けこんでたから、残りのチップは、ほんの50ドルぐらい。親も自信がありそうだった』
『のるか、おりるかね』
『そう』
『で?』
『けっきょく、のった。50ドル全部賭けた』
『勝負は?』
『親はジャックのスリーカード』
ジ二ーは笑い声を上げた。
『でも、カードを開けるまでは楽しかった。あ、この感じは何かに似てるなと思ったら』
『結婚だった』
『そう』
 

・・・・・・
 

『ラスベガスのカード・テーブルで、となりに坐ってたおじさんが、50ドルすった僕に1杯おごってくれたんだ』
『・・・・・・』
『で、こう言ったよ。なぜ、ポーカーが人生ってやつに似てるいるのか』
『・・・・・・』
『誰も、最後まで勝ちつづけることができない』
(喜多嶋隆「ブルー・ブルー・ハワイ」)

 

賭けにおりたくなったら当事務所へ。


任意捜査の限界

「任意捜査であるからと言って有形力の行使が全く許されないわけではない。強制手段にわたらない程度の有形力の行使であれば、必要性、緊急性を考慮して相当と認められる限度において許容される」「警察官職務執行法は、行政警察作用の一つとして、職務質問を規定している(同法2②)。すでに発生した特定の犯罪について、その証拠を収集、確保し、犯人を特定、確保するために行われる刑事訴訟法上の司法警察作用と異なり、未だ犯罪が行われていない段階においても、また、犯罪捜査の対象としうる程度に犯罪事実や犯人が明らかになっていない段階においても一定の要件の下に許されるものである」(「新版 条解刑事訴訟法」)

 

夜中の十二時近く、電話のベルが鳴った。
知り合いが職務質問を受けて、覚せい剤使用の疑いで警察署に連れて行かれたが、連れ戻せないかという相談だった。
警察署に行った僕は、本人に会って、「ここに居続ける気はあるか?」と聞いたら「帰りたい」という。
警察官に「札はでているか?」と聞くと「まだ」という返事だったので、「じゃ、帰ろう」とその人の手を取って1階に降りようとすると、警察官は、「ちょっと待って。もうすぐ強制採尿令状が出るから」と言った。
「引き留めるなら、今令状見せて」僕は言った。
8人の警察官にかこまれて、エレベーターに乗ってもドアを閉められないようにされ、なんとかエレベーターの扉を押さえている警察官をどけてエレベーターで玄関フロアーまで降りて僕のバイクの後ろに本人を乗せて帰ろうとすると、真後ろには警察官が仁王立ち、前には警察官が前輪の後ろ部分に足を置きバイクが動けないようにした。僕がバイクのエンジンをかけると、警官がエンジンキーを回してエンジンを切った。
警察官は「この人は覚せい剤の前科が8回もある」「やっていると言っているのだから帰すわけにはいかない」といい、「連れて帰る根拠は何ですか」とまで言われた。令状が出てないからだと僕が言っても「道理が通らない」「弁護士だったら社会正義の実現のために働きなさい」と警官は僕に教えを垂れた。
本人は「もういい。歩いて帰る」と言ってバイクを降りて歩きだしたが、二人の警官に洋服の右肩部分と左手の二の腕をつかまれ、警察署の敷地から出られないように引っ張られていた。
そうこうしているうちにパトカーがサイレンを鳴らしながら玄関前に滑り込み、本人と僕に強制採尿令状を示したので、抵抗をやめた。
 

で、病院に連れて行かれ強制採尿されたそうで、尿からは覚せい剤反応が出たそうで逮捕、勾留された。
僕は弁護人にはならなかった、証人になるのが僕の役割かなと思ったからだ。
弁護人には、市民派で有名な池袋市民法律事務所の弁護士が当番で選任された。
 

僕は検察官に呼ばれ、病院への連行にいたる30分間に僕が見たこと聞いたことを話した。
本人は、2勾留の満期に、不起訴で釈放された。覚せい剤の陽性反応が出ているにもかかわらず、であるから、違法捜査だったと検事も考えたのだろう。

こういう事件との関わり方もある。
悪い人をなぜ弁護するの、と子どもは聞くし、妻は法学部を出ているくせに、さらには刑事訴訟法のゼミ出身のくせに、弁護人の仕事を全否定するような人だから、話す気もないけど、釈放されたと聞いた時は、夜中にバイクで高速を飛ばして出かけて行って良かったと思った。


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