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ブログ 2011年7月アーカイブ

After the Quake(神の子どもたちはみな踊る)

「ねえ片桐さん」とかえるくんは言って指を一本空中に立てた。「ぼくはそんなちゃちな用事でここに来たわけではありません。あなたが東京安全信用金庫新宿支店融資管理課の係長補佐をやっておられることは承知しています。しかしこれは借金の返済とは関係のない話です。ぼくがここにやってきたのは、東京を壊滅から救うためです」
片桐はあたりを見回した。どっきりカメラとかそういう種類の大がかりな悪い冗談にひっかけられているのかもしれない。しかしカメラはどこにもなかった。小さなアパートの部屋だ。誰かが身を隠すような場所もない。
「ここには僕らの他には誰もいませんよ、片桐さん。たぶんあなたはぼくのことを頭のいかれた蛙だとお思いのことでしょう。あるいは白昼夢でも見ているのではないかと。

しかしぼくは狂ってはいませんし、これは白昼夢ではありません。ぎりぎりに真剣な話なんです」
「ねえ、かえるさん」と片桐は言った。
「かえるくん」とかえるくんはまた指を一本立てて訂正した。
「ねえ、かえるくん」と片桐は言い直した。「あなたを信用していないわけではありません。ただ私にはまだよく事態がつかめていないんです。今ここで何が起こっているのか、理解できていないんです。それで、少し質問していいですか?」
「もちろんもちろん」とかえるくんは言った。「理解しあうのはとても大事なことです。理解とは誤解の総体に過ぎないと言う人もいますし、ぼくもそれはそれで大変面白い見解だと思うのですが、残念ながら今のところぼくらには愉快な回り道をしているような時間的余裕はありません。最短距離で相互理解に達することができれば、それがいちばんです。ですから、いくらでも質問してください」
「あなたは本物の蛙ですよね?」
「もちろんごらんのとおり本物の蛙です。暗喩とか引用とか脱構築とかサンプリングとか、そういうややこしいものではありません。実物の蛙です。ちょっと鳴いてみましょうか」
かえるくんは天井を向いて、喉を大きく動かした。げええこ、うぐっぐ、げえええええええこおおお、うぐっぐ。巨大な声だった。壁にかかっている額がびりびりと震えて傾くほどだった。
「わかりました」と片桐はあわてて言った。壁の薄い安い安アパートなのだ。「けっこうです。あなたはたしかに本物の蛙だ」
「あるいはぼくは総体としての蛙なのだと言うこともできます。しかしたとえそうだとしても、ぼくが蛙であるという事実に変わりはありません。ぼくのことを蛙じゃないというものがいたら、そいつは汚いうそつきです。断固粉砕してやります」
片桐はうなずいた。そして気持ちを落ちつかせるために、湯飲みを手にとって茶をひとくち飲んだ。「東京が壊滅するのを防ぎたいとおっしゃいましたね?」
「申し上げました」
「それはいったいどんな種類の壊滅なのですか?」
「地震です」とかえるくんは重々しい声で言った。
片桐は口を開けてかえるくんを見ていた。かえるくんもしばらく何も言わずに片桐の顔を見ていた。ふたりは互いを見つめあっていた。それからかえるくんが口を開いた。
「とてもとても大きな地震です。地震は2月18日の朝の8時半頃に東京を襲うことになっています。つまり3日後ですね。それは先月の神戸の大地震よりも更に大きなものになるでしょう。その地震による死者はおおよそ15万人と想定されます。多くはラッシュアワー時の交通機関の脱線転覆衝突事故によるものです。高速道路の崩壊、地下鉄の崩落、高架電車の転落、タンクローリーの爆発。ビルが瓦礫の山になり、人々を押しつぶします。いたるところに火の手があがります。道路機能は壊滅状態になり、救急車も消防車も無用の長物と化します。人々はただ空しく死んでいくだけです。死者15万人ですよ。まさに地獄です。都市という集約的状況がどれほど脆い存在であるか、人々はあらためて認識することでしょう」、かえるくんはそう言って軽く首を振った。「震源は新宿区役所のすぐ近く、いわゆる直下型の地震ですね」
「新宿区役所の近く?」
「正確に申し上げますと、東京安全信用金庫新宿支店の真下ということになります」
重い沈黙続いた。
「それで、つまり」と片桐は言った。「あなたがその地震を阻止しようと?」
「そういうことです」とかえるくんはうなずいて言った。「そのとおりです。ぼくが片桐さんと一緒に東京安全信用金庫新宿支店の地下に降りて、そこでみみずくんを相手に闘うのです」
(村上春樹「かえるくん、東京を救う」)

 

うっかり、本文を書く前に引用文だけがアップされてしまっていましたが、僕が書きたかったのは、大学で村上春樹とアメリカの受容関係の授業を受けてきたので、そのことを書こうと思っていたのでした。
「かえるさん」との呼びかけに「かえるくん」と訂正するコミカルなリズムとか、翻訳者は相当苦労したそうです。英語には「さん」と「くん」の区別もありませんから。
「断固粉砕」という大学紛争や安保闘争を思わせるような言葉も、アメリカ人に伝わるように訳すのは難しいだろうなあ。
 

こういう翻訳のなかで翻訳者に生じた疑問に対して、村上春樹は、「好きなように訳してください」というスタンスなんだそうです。原著を特権化しないところに、翻訳者の工夫により付加価値が加わり、世界文学へとなっていくモトがあるのでしょう。

あー、地震に対して「人々はただ空しく死んでいくだけ」という点に思うことがいくつかあったはずなんだけど、時間をおいちゃったらなんかぐだぐだになったなあ。諭吉さんのコメントの方が先に出てるし。


何色の白衣ですか?

歯医者の予約に行きそびれたので新たに予約を取るべく電話を入れた。
 

「えーっと、佐藤ですけど、田中先生の予約をとりたいのですが」
「田中は何人かいますがどの田中でしょうか?」
「とっちゃんぼーやみたいな田中先生ですけれども」
「・・・何色の白衣を着ている田中先生でしょうか?
「白衣は白いと思うんですけれども・・・」
「白い白衣を着ている田中は本日はいっぱいです」
 

って、白じゃない白衣があるんか!?


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