種類の違う勇気
「何か言いかけようとした僕に、
『いいんだ』
と彼は片手を上げる。そして、バーテンダーに、
『もう一杯』
と言った。空になったグラスを押し出した。
『勇気の素を、もう一杯……』
と、つぶやくように言った。きっと、僕が少し意外な表情をしていたんだろう。彼は僕を見て、
『何か、おかしかったかい?』
と訊いた。
『いや、勇気の素っていうのが、なんとなくね……』
『おかしいかい?しかし……ワイフと離婚の話に決着をつけるための勇気が、必要なんだ』
彼は苦笑しながら言った。
『けど……ヴェトナムで戦ってきたあなたみたいな人が、いまさら勇気だなんて……』
僕は言った。
彼は、しばらく黙っていた。やがて、ゆっくりと首を横に振った。
『……いや……違うんだ……』
と、つぶやくように言った。しばらく考えている。そして口を開いた。
『北ヴェトナムを爆撃しに行くための勇気と、こういう勇気とは……種類の違う勇気なんだ……』
『………』
『戦争のさなかでの勇気なんて、勇気というよりはむしろ狂気に近いものだし、B52には、何人もの戦友が乗っている。少なくとも孤りじゃない』
『………』
『しかし……実人生の中で、ただ孤りで何かを決めなければならない……そんなときに持たなければならない勇気は……それとは、種類の違う勇気なんだ』
彼は言った。
『種類の違う勇気?……」
『そう……。もしかしたら、北ヴェトナムに爆撃にいくよりも、一見ささやかだけれど実は大変な勇気かもしれない……』
彼は、つぶやくように言った。
バーテンダーが、彼の前にダイキリを置いた。彼は、そのグラスを手にとる。夕陽にかざすようにした。そして、
『そんなささやかな勇気と、大いなる潔さを』
と何かに向かってつぶやいた。グラスの中身を、グイとひと息に飲み干した。」
(喜多嶋隆「ツイン・ルームから海が見える」)
法律相談で、結論はひとつしかないと言っているし、それを分かっている様子であるのに、事件を委任しようかどうしようか結論がだせず、「相談継続」にマルをする相談者がおられます。
なんでなんだろうなあ、と思っていたところで、喜多嶋隆のこのあとがきに接しました。
そうか、みなさん、北ヴェトナムに行くより大変な勇気と戦っていらっしゃるのか・・・
僕はお待ちしています。
みなさんが、自分で結論をだされるのを。