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ブログ 2009年11月アーカイブ

ステイ・ゴールド

「『そういえば、奈美がよく言ってたね』わたしは可愛らしい高山植物の花に想った。『女らしさって、女の子らしさって、化粧が誰よりもうまいとか、スタイルがどんなに
いいかとか、そういうことじゃないんだよ』
『花の名前をよく知っていて』真琴も思い出した。
『どの草が食べられて、どの草が食べられないか、ちゃんと知っていることなんだよ』」
 (川原由美子・野沢尚「ステイゴールド」)

 

娘に、四谷大塚という中学受験の予備校の全国模試を6月に続き11月も受けさせた。
前回は偏差値42という唖然とした成績だったが、4ヶ月みっちりしごいた結果、驚いたことに、今回は国算二教科の偏差値は58まではねた。僕のことのようにうれしい。


しかし理科は悲惨だ。
考えてみれば、僕が小学3年生のときには、近くの林でクワガタやカブトムシがとれたし、通学路でバッタを捕まえたり、霜を踏み潰しながら登校することも毎日だった。
僕が住んでいたマンションの前には蜜のおいしい花が咲いていて(僕は女らしくなかったので、その花の名前は知らない。)、おしべとめしべをとって花弁の下をなめて蜜を吸いながら集団登校のメンバーが集まるのを待っていたものだ。
もちろん、草も友達たちと食べて、あれは食べられる、これは苦い、とか論評していたりもした。

いまの家は都会にあることもあり、昆虫なんていないし、通学路に花の一輪も咲いてはいない。そもそも校庭すらコンクリートで完全に覆われて、まったく土が見えない。
これでは、植物の育ち方とか昆虫の育ち方とかいっても、プラモデルと同じくらい実感のわかないものなのかもしれない。
さて、どうやって女の子らしくさせるか・・・


静岡家庭裁判所

「裁いてはならない。そうすれば、あなたがたも裁かれないであろう。
あなたがたが人を裁くように、自分も裁かれ、あなたがたが量るそのますで、あなたがたにも量り与えられるのである。
兄弟の目にあるおがくずは見えるのに、なぜ、自分の目にある丸太に気づかないのか。
自分の目に丸太があるのに、兄弟に向かって『あなたの目からおがくずを取らせてくれ』とどうしていえるのだろうか。
偽善者、まず自分の目から丸太を取り除け。」(新約聖書「マタイによる福音書」)

 

離婚の際、月収25万円にもかかわらず毎月15万円もの養育費の支払いを内容とする調停をしてしまい、後悔している依頼者がいる。
養育費算定基準によれば、相当額は4万円から6万円。
とうてい15万円もの養育費など払えるはずもないので、養育費減額調停を申し立てた。

静岡家裁の裁判官は言った。
 

「(前の)調停を成立させたアキタケさんは東京家裁の所長代行までしておられるかただ。合理的な根拠のない調停など成立させるはずがない。だから、15万円という金額には合理的な理由があるはずだ。合理的でないというなら、立証しろ。」
 

所長代行だったらなんなんだという気持ちで、ヘドが出そうだった。


死に場所を探しに

秋田の世界遺産・白神山地のふもとの町にすんでいた伯父が亡くなった。
亡くなった、というか、行方不明だったのが遺体で発見されたのだ。
所持金もそのまま、自転車を傍らに、けもの道とも言えないような山の中を迷走して、森岳の山中で白骨化しているのを、山芋掘りに来ていた農民に発見された。
伯父はアルツハイマーだった。
 

音楽の好きな伯父だった。
家にはバッハとモーツアルトのCD全集と楽譜が残されていた。
音楽会にはいちばん前の中央の席を陣取り、楽譜を開きながら音楽を聴くため、指揮者にプレッシャーを与え、ときには指揮者の失敗を誘発させていたそうだ。
 

夕方5時に東京を出ても、秋田新幹線という名の在来線特急で秋田までは行けるが、その先がない。
秋田で一泊して、次の日伯父の自宅に向かう。
告別式やら親族の雑談やらで6時にお開きになると、もう仙台までしか帰れない。
4時半には伯父の家を出ないと24時までに東京に着けない。
一日に5本しか電車がないというのも、なかなかおつなところだ。
 

2日ほど休みをいただいたが、能代山本地域はインフルエンザが猛威をふるっているらしく、また、娘の学校も学級閉鎖で、1週間ほど寒気と発汗がとまらなくなってしまった。
一応、今日から復活します。


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