HOME > ブログ > アーカイブ > 2009年9月アーカイブ

ブログ 2009年9月アーカイブ

リスポンス・タイム

「110番を受けてから警察官が現場に到着するまでの時間であるリスポンス・タイムは、全国平均で7分2秒である。」(警察庁「平成20年版警察白書」)

 

右手にある郵便局の駐車場に入るのに、対向車が連なっていたから前の車について大回りで前の車の左側に回りこんだ。
前の車の運転手の男が「馬鹿ヤロー どこ走ってんだ」となんか叫んでいる。
僕はその男をにらみながら、相手の車の助手席から下りてきた女性と入れ違いに、男の車の助手席に乗り込んだ。
僕「何か?」
男「どこ走ってんだよ、後ろについてくるもんだろ!」
僕「どう運転しようがからすの勝手でしょ」
男「開けたドアがぶつかりそうだったじゃないか!」
僕「ぶつかってから言って頂戴。」
男「だいたい何なんだよ。勝手に乗り込んできて。」
僕「何か話があるみたいだったから。立ち話もなんでしょ。」
男「警察呼ぶぞ」
僕「どうぞ。110番してからの臨場時間は5分とかいってたけど、嘘だね。経験的には15分くらいかかってる。」
男「何が言いたいんだ?」
僕「一市民としての警察批判。」
男「あんた面白い人だねえ。」
僕「ありがとう。」
男「もういいよ、降りてくれ。」
僕「じゃあどうも。」
 

代々木郵便局での一昨日の出来事。


原風景

「天吾は窓際のテーブル席に座ってカールスバーグの生を飲み、小さなボウルに盛られたミックスナッツをかじりながら、青豆のことを思い出した。青豆の姿を思い出すことは、彼自身がもう一度十歳の少年に戻ることでもあった。彼の人生におけるひとつの転換点を再体験することでもあった。十歳の時に彼は青豆に手を握り締められ、そのあとで父親についてNHKの集金についてまわることを拒否するようになった。ほどなくはっきりした勃起と精通を経験した。それが天吾にとっての人生の一つの転機となった。

もちろん青豆に手を握られなくても、その転機はやってきたはずだ。遅かれ早かれ。しかし青豆が彼を励まし、そのような変化を促してくれたのだ。背中をそっと押すみたいに。
 
彼は長いあいだ左の手のひらを広げて見つめていた。十歳の少女がこの手を握り、おれの内側にあった何かを大きく変えてしまった。どうしてそんなことが起こり得たのか。筋道立てて説明することはできない。しかし二人はそのとききわめて自然なかたちでお互いを理解しあい、受け入れあったのだ。ほとんど奇跡的なまでに、隅から隅まで。」
(村上春樹「1Q84」Book2)

 

 解説書を片手に読まないとなかなか読解できず、読むのに文字通りの体力が必要な「1Q84」ですが、天吾と青豆のストーリーが最初に交わった「十歳の時の風景」が現在の二人を規定していることに、なんとなく自分も十代の時の風景に規定されていること、あるいは誰でもコドモのときの風景に規定されていること、それを忘れて大人にはなれ
ないのではないかということを考えさせられました。うまく言えないけど。

 責任力は大事ですが、責任力だけが大事なのか、このへんは社会科学の出身者と人文科学の出身者で意見が分かれるところでしょう。
 戻ることのできない「転換点」に戻ろうとして、すべての責任を放棄して走り出すことも、人間なら、抑え切れないことがあるかもしれない。
 

 で、体力が持たなくなったので、このシルバーウィークは「君の瞳をタイホする!」(1988年フジテレビ)・「あぶない刑事」(1986年日本テレビ)のDVD-BOXをぶっ通しで観てました。
 主役たちのコミカルな会話はもちろん面白いのですが、「w浅野」が自分より年下になっていることにカツオ君がいつの間にか弟っぽくなっていたときのショックと同じ衝撃をうけつつ、80sそのものな渋谷・横浜の街並みや人々の服装の雰囲気を楽しんでいました。
 

 僕は92年に高校を卒業したので、80年代に中学高校を過ごしました。
 そのころはまだ改札口が有人で、回数券が細長い紙切れで、スペイン坂から巨大なビリヤードのボールが落ちてきていたのかどうかはわかりませんが、夜予備校の後御茶ノ水から大船まである女の子と一緒に東海道線でキセルして帰ったりしていました。
 「私が君のことを好きだと言ったら、どうなると思う?」彼女は言いました。
 無言で抱きしめるだけの度胸は、当時の僕にはありませんでした。
 
 また、初めて付き合った女の子とはよく横浜の街を散歩し、根岸線の高架の下の落書き塀の裏にある土盛りを乗り越えて、廃線になった貨物線の線路が走る無造作に放置された野原を越えて、海を見に行ったりしました。
 いまのみなとみらいの地域は当時は荒れ果てた荒野で、廃線になった線路の上を野生のニワトリが歩いている風景が自分の心の大きな部分占めていることを、あぶない刑事たちは僕に思い知らせました。
 
 そして、新百合ヶ丘の駅のベンチで終電まであの女の子と語り続けることがもしもう一度できるならば、僕は責任力を放棄するかもしれないと思います。


永遠の少年

「おとななんて、おもしろいこと、なんにもありゃしない。おとなは、つまんない仕事を山ほどして、奇妙な服を着て、手足にたこをつくって、ひょっとこ税をとられるだけよ」
(リンドグレーン「ピッピ 南の島へ」)

 

「おとなになる」ということが、本人にとって辛いことだったり、苦しいことだったりするとき、無理して「おとなになる」他に、「コドモであり続ける」道だって、あっていいと思うんだ!
 とはいえ、ピッピではありえない私たち。うっかりするとついつい「おとなになれない」ことに必要以上にくるしめられてしまう。コドモであり続けることは、実は「楽しそう」「ラクでいいね」ってこととはほど遠いことなのだ。よく「働かないでひきこもっている奴はいいよな、それで生きていけるんなら俺だってやりたいよ」なんていう人がいるけど、それは違う。そういう言い方は、「学校行かないで、不登校児は楽してる。ずるい!」というのと一緒で、両方やった私は思うが、「フツーに学校に行く生活」の方が、「学校に行かない生活よりも、はるかに楽なんですよ。何も考えなくていいから。」
 「それなら、適応したら自分が壊れることが目に見えているような社会で「おとな」になろうとあがくよりは、「生きづらさ」を抱える自分と折り合いを付けながら、「コドモ」として居直って生きていく道だってありじゃないか。とはいっても、コドモでありつづけるためにはスキルがいる。まず、コドモである自分を肯定し、受け入れてあげなくてはならない。そのために、「自分がいまどういう状況にあるか」を、自分の言葉で語れるようになるといい。」
(貴戸理恵「コドモであり続けるためのスキル」)

 

大人にならないのか、大人になれないのか、大人になれないから大人にならないのか?>obanさんへ


9月の蝉しぐれ

「学校の坂道の下のバス停 まだ夏服着てた
いっしょに帰った 9月の蝉しぐれ
哀しい なきやんでしまわないで ああ 一途な面影よ
深緑がまたひと刷毛 薄れるみたい
 

おしえて 大人になるっていうのは もう平気になる心
死にたい程傷ついても なつかしいこと」     
(「9月の蝉しぐれ」松任谷由実)

 

僕は中高と男子校だったのですが、予備校は共学なもんで、何人かお友達もできました。
友達以上恋人未満の子も数人できました。
一緒に電車で遠回りして帰って、終電近くまで駅のベンチで語り合ったりもしました
そのとき手を握れなかったことが、いまでも後悔してる。
大学に入って、その子と一緒に車でドライブしても、家には上がらなかったことを後悔してる。
 

後悔を、平気になるのが大人なら、僕もまだ子供だ。
前のログの相談者も、大人になるよう期待しています。


黄色いロールスロイス

「黄色いロールスロイスでふられたばかりのシーンを次へと飛ばそう
Tシャツのタキシードで 5つ星の店もジョークにしちゃいなよ
Go for the next!
終わりは次の始まり 昔から言われているではありませんか
 

黄色いロールスロイスは
もうすぐ出逢える新しい誰かを待ってる
広いバックシートに染みついていくよオムニバス」
(「黄色いロールスロイス」松任谷由実)

 

婚姻外男女関係の相談が入った。
相談者は女性で、相手が妻とは別れると言っていたこと、妻とは実際に折り合いが合わずネットカフェなどで暮らしていたことなどから付き合い始めたらしい。
そして、子供の面倒をみる必要もあることからその女性と奥さんとが話し合い、週3日は奥さんと一緒に、週4日は相談者と一緒に暮らすことなどが取りきめられた。
しかし、先週突然、別れるという置手紙とともに行方不明になってしまった、と相談者は泣きじゃくっている。
結婚を前提としているとは言い難いし、法律問題ではなく恋愛問題であると追い返すのも一つの手。
 

でも、人の恋愛問題に首を突っ込むのは不本意でないのが僕である。
その足で、横浜の彼の実家を突撃した。
お姉さんが出た。
かつてはお姉さんは相談者の味方になってくれていたそうだが、「あの信用できない女」と言い捨て、ドアを開けてくれなかった。
相談者は泣きだし、パニックになった。
僕は手をつないで、落ち着くのを待った。
(ちなみに、パニックダイバーと遭遇したときには、手を握り目を合わせ、落ち着くのを待つのがダイビングのイロハである。)。
 

終わりは次の始まり 昔から言われているではありませんか。


平和の琉歌

「この国が平和だと誰が決めたの? 人の涙も乾かぬうちに
アメリカの傘の下 夢も見ました 民を見捨てた戦争の果てに
蒼いお月さまが泣いております  忘れられないこともあります
愛を植えましょうこの島へ 傷の癒えない人々へ
語り継がれていくために
 

この国が平和だと誰が決めたの? 汚れ我が身の罪ほろぼしに
人として生きるのを何故に拒むの? 隣り合わせの軍人さんよ
蒼いお月さまが泣いております いまだ終わらぬ過去があります
愛を植えましょうこの島へ 歌を忘れぬ人々へ いつか花咲くその日まで」
(「平和の琉歌」サザンオールスターズ)

 

安全保障政策について全く統一性のない民主・社民・国民新党連立政権ですが、社民の福島瑞穂党首の入閣が内定したそうです。
思い切って福島瑞穂を防衛大臣にすればいいのに。
どういう対応をするだろう。
一応社民党は村山富市首相時代に現実路線に転換してはいるんですよね。


MAY BE

「今 深く考えすぎると止る 壊してしまうのはすぐできる
May be こだわりすぎてる 気楽に行こうじゃない
May be まとまりすぎてる 気ままにやろうじゃない
明日にはきっといい事待ってる
ちょっと焼きすぎた黒いトースト 冷やしておけばよかったミルク
なんてことなく知らんぷりで食べた
昨日に引き続いて今日も ついてそうにない予感がする
だけど いちかばちかやるしかない
今落ち込めばさらに落ちていく それならそれでそれなりに行こう
 

May be こだわりすぎてる 気楽に行こうじゃない
May be まとまりすぎてる 気ままにやろうじゃない
明日にはきっといい事待ってる」 
(「MAY BE」久松史奈)

 

6月19日に、離婚のインテーク面接をした。
その上で、陳述書を書き、ハンコを押す前に確認したいと同席していた「息子」と称する人間が主張するので、渡した。
その返送を待つ間に、戸籍の取り寄せを事務に指示したが、離婚訴訟の本人(お母さん)から聞いた地番では戸籍がみあたらず、何度か役所に申請を出しなおしたうえ、8月10日付けの戸籍をそろえて僕の机に記録が回ってきた。
しかし、8月は夏休み。僕は8月はしっかり休ませてもらったが、30日に息子と称する者が会いたいというので、会った。今週中に訴状を完成させてメールで送ってほしいというので、金曜いっぱいには送ると約束した。
だが、急な京都出張などが入り、事務員にお母さん本人あてに一日遅れる旨電話させておいたが、メールを送ったのは14時間おくれた土曜日の14時だった。
メールをおくると間髪いれず、「これだけ待たされるのはビジネスではありえない」と自称息子はのたまうた。
依頼からわずか1か月半


予定が変わって関係者にお待たせせることはビジネスの世界でも当然あることだと思うのだが。
大学病院なんか、予約をとっていても3時間待ちはざらだ。

私は粘着質の人間が嫌いだ。
この事件は降りることにして、これまでの陳述書作成、訴状作成の対価として5万円だけいただきたいと主張し、全額返金を求める自称息子と対立している。
こだわりすぎてる、まとまりすぎてる粘着質の方は、私の事務所には合わないと思います。
 

Take It Easy!この考え方に共感する方に、門戸を叩いていただきたいと思います。


酒気帯び運転研修

「悲惨な飲酒運転事故を防ごうと、埼玉県の指定自動車教習所で組織する自動車教習所協会が始めた出前研修が人気だ。この研修で使うのは、「酔っぱらいメガネ」と呼ばれる特殊なゴーグル。このゴーグルはしらふのままで酒に酔った状態を体験できるもので、飲酒運転がいかに危険かを身をもって実感できるという。(産経新聞9/4)」

 

司法修習で酒気帯び研修というのがあった。
要は、県警本部の会議室に出向いて昼間っから飲むというもの。
飲み会との違いは、飲みながら、何度か呼気検査をやるという点。
当時の酒気帯び基準は呼気1リットルあたり0.25ミリグラムだったが(今は0.15ミリグラム)、ワインを一本まるまる空けて30分待っても0.25まで行かなかった。
おおむね、ビール中瓶2本を一気飲みして30分経った状態が0.25だという説明だったが、ウィスキーを一本空けても0.25出なかった奴もいた。
 

酒気帯び運転は、ただ酒を飲んで運転したというだけではなく、相当量飲酒している悪質な行為なのだというのが検察官の教えだったが、その後、この研修はどのくらいなら運転してもいいのかの基準として役に立った(どう考えても運転してはいけない場合にバイクを運転したこともあったが。)。


どうせ研修で、教習所の敷地内で助手席に教官が座って補助ブレーキをかけてくれるという状況ならば、「酔っぱらいメガネ」などという本当に酔っぱらったときそうなるのかどうかわからない代物を使うのではなく、本当に飲酒して0.15になってから教習所の中を運転したほうがよっぽどいい経験になると思う。


消息

「呼べずに呼べずに風がきて 私の背中を発車の笛が押した
知る人はもう燃え尽きたと思うでしょう
今はもう 連絡をとることもなく 行きつけの店もなく
・・・それでも 愛して愛していることを ガラスにもたれた瞳を読み取って
そのとき苦しみが消えてゆくのを見た

呼べずに呼べずに時は去き 電車はカーブで煙った点になる
愛して愛しているうちに 私はあなたのグレイの汚染になる」      
(「消息」 松任谷由美)

 

呼べずに、呼べずに、連絡をとることもないひと。
大学を卒業してこれだけたつと、みな中堅管理職となり、飲み会を企画してもあまり集まらない。
てるこやまっきーは、元気か?


1

« 2009年8月 | メインページ | アーカイブ | 2009年10月 »

このページのトップへ