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ブログ 2009年6月アーカイブ

ボーっとしてみよう

「本でも読もうか こんな静かな夜は初めて テレビが壊れて今日で二日にもうなるのかな
時間が止まったような小さな部屋はまるで地球の外に浮いてるみたい
退屈するまでボーっとしてみよう
目を閉じて心の中に語りかけるかすかな声をきいてみるのも たまにはそういいかな」
(「ボーっとしてみよう」森高千里)

 

小学1年生にもなっていまだにひらがなが読めない(濁音が言えない。)馬鹿息子が、ボーっとポケットモンスターのケーブルテレビばかり指をくわえて見ている。
まんがでも字は覚えられるから、ポケモンの漫画を買ってきてあげたのだが、絵を見るだけで字が読めない。読もうとしない。


それでもって、先日家でごろごろしてたら、学校から帰ってきた馬鹿が、漫画を読みなさいという僕の言いつけを無視して
 

「ぽちっとな」
 

と言ってケーブルテレビのアニメチャンネルをつけた。
こいつは女子高生好きになるんじゃなかろうか。
 

僕は無言でテレビカードを抜き取り、ハサミで切り裂いた。
以来我が家ではテレビ禁止が暗黙のルールとなった。
テレビが禁止になって今日で二日にもうなるのかな。
馬鹿は心の中に語りかけているのかな。
本でも読もうか、と思ってくれれば一番いいのだが、それはなさそうだ。
 

行く末は、自衛隊だな。
 

「かしこい人なら 頭を使え 筋肉ある奴 力を使え」(「陽は、また昇る」アラジン)


足利事件再審開始決定

「でもね、僕は思うんです。たとえ今こうして平穏無事に生活していても、もし何かが起こったら、もし何かひどく悪意のあるものがやってきてそういうものを根こそぎひっくりかえしてしまったら、たとえ自分が幸せな家庭やら良き友人やらに囲まれていたところで、この先どうなるかわからないんだぞって。ある日突然、僕の言うことを、あるいはあなたの言うことを、誰一人として信じてくれなくなるかもしれないんです。そういうことは突然起こるんです。ある日突然やってくるんです。」

「僕が怖いのは青木のような人間ではありません。・・・人の心を巧みに掌握し煽動する能力ーこういうのは誰にもあるものではありません。僕はその手のものが吐き気がするくらい嫌いですが、でもそれが能力であることは認めます。
 でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の話を無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受入れやすい他人の意見に踊らされて行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。彼らは自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当りもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどんな結果をもたらそうと、何の責任も取りやしないんです。」
 (村上春樹「沈黙」)

 

足利事件(1990年)で無罪濃厚の菅谷さんの再審開始決定が出ました。最近冤罪が判明することが多いですね。
菅谷さんは死刑から免れましたが、同時期、同じ方法によるDNA鑑定(鑑定と呼べる代物なのかも疑わしいですが)で有罪とされ死刑判決を受けた久間三千年さんは再審請求準備中の2008年10月28日死刑執行されてしまいました。死神による執行かとおもいきや、2か月前に弁護士でもある保岡興治に大臣が変わっていますね。

伝家の宝刀として死刑は必要であるというのが私の意見ですが、同時に、伝家の宝刀は決して抜かれてはならない
 

という教えもあることを肝に銘じないと、昨今の厳罰化傾向の中、近代から中世に逆戻りした感が一層高まっていくのではないかと思います。人が人を殺すのは簡単でも、国家が人を殺すのは極めて困難を極めなければならないです。
 

村上春樹は「青木」ではなく、「自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受入れやすい他人の意見に踊らされて行動する連中」が怖いと言っています。いじめはいじめっ子よりも傍観者が最も罪大きいと教職課程で習いましたが、傍観者のリーダー、「裁判官」がまさに「自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受入れやすい他人の意見に踊らされて行動する連中」じゃないかと思っています。かつて裁判官がこちらの抗弁を見落として敗訴判決を出したことがあったのですが、ごめんなさい控訴してくださいというだけで、何の責任もとらず、印紙代すらも持たないし(それぐらいポケットマネーで出せよ。)。

菅谷さんを死刑にした裁判官の名前も、報道されませんね。

それと問題なのが一審弁護人。被告人の無罪主張を信じず、情状弁護という方針をとったため、自白調書にすべて同意し、証拠調べなしで有罪判決となりました(一審では情状弁護という方針は通り、無期懲役となりましたが、高裁で死刑になっています。)。たぶん、報酬7万円でやってられるかという姿勢の国選弁護人でしょうね。国選弁護報
酬が低すぎるという問題ともつながっている気がします。誰も自分の言うことを信じてくれないときの、唯一人自分を信じてくれる存在が弁護人だろうと僕は思うのですが。


ファスナー

「きっとウルトラマンのそれのように君の背中にはファスナーが付いていて
僕にそれを剥し取る術はなくても 記憶の中焼き付けて
そっと胸のファスナーに閉じ込めるんだ」(「ファスナー」Mr.Children)


まだ娘が三歳くらいだったころ、ネズミーシーに行った。
僕はネズミーランドの株主なので、半年ごとにペアの入園券が送って来るのだ。
で、夜食をとることになり、園内のレストランに入った。
キャラクターが挨拶に来るエリアと、来ないエリアがあったので、ちょっと割高なキャラクターエリアに入った。
ミッキーとミニーが僕らの席に来た。
娘はミッキーをしげしげと見つめ、あちこちさわったり叩いたりしてまわり、そして言った。

「ファスナーあったよ!!」

この子は頭いいと思ったのだが・・・


冷やし中華はじめましたか?

暑い暑い暑い!
 

子ども(小学3年生)に中学受験予備校の公開テストを受けさせた。
小学校では成績はいいらしいのだが、驚愕の偏差値42をとってきた。60以下の偏差値なんて見たことないぞ。
こどもは「全国って甘くないねえ。」と笑っている。
で、子どもに予備校のテキストを買ってきて問題を解かせ、考え方を教えてあげようとすると、なんのかんの言って逃げる。
 

暑くて僕も短気になり、そんなにやりたくないならいいです。パパの時間の無駄だ。と言い捨てて家を出てきました。
今日数回分勉強させたあと、9月からの授業の申込みに行こうと思ったけど、やめた。
 

勉強ができなくても、女の子は売春などで稼いでいける。それもたぶん僕以上に。
知ったことか。

 



シートベルト

天吾は言った。「戎野先生はこの騒ぎをうまく着地させられると思いますか?」
「戎野先生はもちろんできると考えている。しかしもし今回の騒ぎが、戎野先生の思惑さえ超えたものになってしまったら、あるいは収拾がつかなくなるかもしれない。どんなに優れた人間であれ、一人の人間の能力には限界というものがある。だからシートベルトだけはしっかり締めておいた方がいい」
「小松さん、墜落する飛行機に乗り合わせたら、シートベルトをいくらしっかり締めていたところで、役には立ちませんよ」
「しかし気休めにはなる」 
 (村上春樹「1Q84 BOOK1」)

 

後部座席もシートベルトが義務化されたらシィね。
わかってないことはなはだシィけどね。
昨日雨だったのでタクシーで帰宅したら、運転手に「シートベルトを締めてください。」と言われた。
しかし、前部座席はフロントガラスを突き破って外に投げ出される危険があるけれど、後部座席にはそれがない。
衝突により前の座席に打ちつけられて胸骨を骨折したり、内蔵破裂を起こしたりする可能性もあるけれども、シートベルトを腹部に締めるとその一点に衝撃が集中して、かえって内蔵破裂の危険がたかまるのではないか、それよりは胸、腹全体で衝撃を受け止めた方がまだましではないかという気がする。
また、脱出するときにも障害になる。
 

後部座席のシートベルト着用義務化なんて、ろくな議論もなく誰が決めたんだ?


NHKの受信料

「のっぺりとした平板な土地に、これという特徴のない建物が、どこまでも際限なく立ち並んでいる。無数のテレビ・アンテナが、虫の触角のように空に向けて突き出している。そこに暮らす人々はNHKの受信料をちゃんと払っているのだろうか。日曜日には天吾は何かにつけて受信料のことを考えてしまう。そんなこと考えたくないのだが、考えないわけにはいかない。」
(村上春樹「1Q84 BOOK1」)

 

納税、勤労、NHKの受信料の支払いといえば、国民の三大義務であるが、そのひとつであるNHKの受信料は僕の親の代から支払っていない。
NHKが来たら、ドアも開けず、「テレビはありません。」と言う。
人が入っている不思議な箱ならあるけどね。
我が家は地下一階地上三階という作りで、テレビが一台もないというのは無理があるだろう、でも無理を通すのが僕のかみさんと違うところだ、と思っているのだが(たぶん、かみさんなら素直に払ってしまうだろう。権威に弱いのだ。)、幸い渋谷区ではNHKの集金人は歩きまわっていないようで、夫婦間の軋轢の原因の一つもとりあえずそのままになっている。
 

で、法律的に言うと、放送法で、テレビ受像機を所有している人はNHKと受信契約を結ぶ義務があるのだけれど、受信料の支払義務は定められていない。受信料の支払い義務は受信契約に基づいて発生するのだ。
だから、NHKが法的手段に出ようとすると、まず「受信契約をせよ」という判決をもらって、最高裁で確定させて、それから受信契約に基づく受信料支払い請求訴訟を起こさなければいけないのである。


車は、たとえばゴムゾウリ。

「ところで、ミッシェル、右側のサイドミラーがないぜ」僕は、車の助手席で言った。「ああ、それ、もう3ヵ月ぐらい前にとれっちゃったの」と車を運転しているミッシェル。まるで気にしていない。

ミッシェルが運転するクルマは、ラハイナに近づいていく。やがて、街のはずれにあるレストランの駐車スペースに入っていった。メイン・ストリートから少し離れているので、観光客がほとんどこない店だった。

「それにしても、あい変わらずのクルマだなあ・・・」僕は、フォークを使いながら言った。
僕らがいるテラスの近くには、ミッシェルのワーゲン・ビートルが駐めてある。ブルーの車体。だけれど、あちこちにサビが出ている。サビだらけといってもいいだろう。タイヤのホイールも、赤土だらけだった。
ミッシェルはホタテを口に入れる。やがて明るく微笑し、「クルマは、走ればいいの」と言った。
 (喜多嶋隆「車は、たとえばゴムゾウリ。」)

 

僕は縦列駐車ができない。
これではせっかくのけん引免許が泣く。
縦列駐車の練習のために、大型免許でも取ろうかと考えているくらい、縦列駐車はできない。
なんで大型免許?という質問にはスルーする。答えに代えて、ペーパードライバー講習プラス10万でもう一個免許が付いてくるならそっちがお得、と大型免許に走ったペーパードライバーのOLの雑感を紹介しよう。→ココ
 

で、僕が車を運転すると、不思議なことに、バンパーが取れたりミラーが逆向きになったりする。なかったはずの電柱が突如現れ、後ろのドアに縦にまっすぐ跡を残す。

僕がかみさんと結婚したばかりのときのかみさんの車は、どれだけぶつけてもこれ以上価値は下がらないだろうという代物だったので、安心して運転できた。
なんかバンパー擦っちゃったなあ、と思いながら家に帰ってきたら前のバンパーを引きずっていたりした。
そんなかみさんのお義母さんが、360cc限定免許しかなかったくせに、いきなりジャガーに乗り換えた(そして、360cc免許で3000ccの車を運転して堂々と警察に普通車の限定解除の試験を受けに行っていた。)。僕には、運転禁止令が下された。
 

我が家には、ミニカのトッポがある。我が家は狭い路地の入り組んだところにあるので、軽自動車というのは非常に小回りが利いて、ゴムゾウリのように便利なのだけれども、やっぱり電柱でこする。家の壁でこする。凹んでないところがないくらい凹んでいる。
ここまでくると、何をしても気兼ねをしなくてすむので、ストレスを感じずに運転することができて快適だ
 

・・・ったのだが、エコカー減税に踊らされたかみさんが、エコカーに買い替えようと言い出した。
僕は総選挙では民主党に一票入れることに決めた。


ビーチサンダルの君に恋した

「君は本当に、いつも笑顔なんだね」とレ二ーに言った。「それに比べ・・・」と、あのタレントのSのことを口に出した。レ二ーは微笑したまま、「それって、もしかしたら履きもののせいかも」と言った。

「履きもの?」と僕。レ二ーはうなずいた。ゆったりとのばしている自分の足を見た。彼女が履いているのは、ビーチサンダル。Opのロゴとハイビスカスの花柄がついたビーチサンダルだった。
考えてみれば、彼女がビーチサンダル以外のものを履いているのを見たことがない。車を運転する。レストランやホテルのロビーに入る。すべてビーチサンダルだった。
「ある医者に言わせると、革靴やヒールの靴を履いて生活していると、体や心にストレスがたまるんですって」とレニー。医学部の学生らしいことを言った。
(喜多嶋隆「ビーチサンダルの君に恋した」)

 

Tシャツに短パンという服装を数年来貫いていた僕であるが、最近はジャケットを着用することが多い。
なんのことはない。東京地裁に入る時に身分証明書をがさごそ探さなくてもバッジを見せるだけですむのは楽だといまさらながら気づいたからだ。
身分証明書というのは免許証と同じサイズで、顔写真入りで弁護士であることを証明するものなのだけれども、それをぐちゃっとポケットに入れて持ち歩いていると、なくしやすい。
現に、今年は二回も、しかも二回とも交付されたその日に失くした。
だから、サマージャケットを買って(これが意外と風通しがいいとこの年になって初めて知った。)、バッジを胸につけると、紛失のおそれなしということで、探さなくてよくて便利なのだ。
ただ、信条的な違和感というか、誰かを(誰を?)裏切った感がどうしてもぬぐえない。被告人が普段着なのに弁護人がスーツを着ているのはおかしい、とは今でも思うので、法廷ではわざわざ上着を脱ぐ。まあ、暑いから、というのもあるのだけれど。

そういうわけで、スラックスやジーパンにジャケットという姿が最近では多いのだけれど、靴は相変わらず、薫りのキツいサンダルだ。
昨年弁護士会の委員会で同じ部会だった先生が若くしてお亡くなりになられ、通夜のため革靴を履いたら、一時間もはいていないのに靴ずれがおきてしまった。


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