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ブログ 2009年4月アーカイブ

10年桜

「どこかで桜の花びらがはらりと風に舞うように
誰にも一人羽ばたく時がきて 一人きりで歩き出すんだ
もっと君を守れるように

10年後にまた会おう」
(「10年桜」AKB48)

 

これは、10年後にはもう会えないと思われちゃった人のお話です。

ある人の戸籍を見ると

「平成10年7月16日死亡とみなされる平成16年3月11日失踪宣告の裁判確定同月17日父嘘尾雄三届出除籍」


と書かれています。
その人は平成10年7月に一人きりで歩きだしてから10年半のうちに、家族から、死んだことにされてしまい戸籍が無くなってしまったのです。
そうすると、当然住民票もないので、アパートも借りられないわ、銀行口座が作れないので日雇いの仕事すらできないわで、ホームレスになっていしまったのでした。


ゴールデンウィークには、この人を連れて人定のため実家に訪問しに行きます。


体力がついてから運動したほうが・・・

のび太「ドラえもん。うまくなってから練習した方が・・・」
(藤子・F・不二雄「ドラえもん」)

 

今年の目標として、脂肪肝からの脱却をかかげ、フィットネスクラブに入って毎日自転車をこいで、プールで泳いで、サウナに入ることを日課にしようと決意したのが元旦のこと。
風呂にもなるし。


前、フィットネスクラブに入会していたときは、まだ新米弁護士でロッカー代がもったいないと言って毎回荷物を取りに戻りそれからまた行く、という負担があったため、1か月くらいで行かなくなってしまい、あと11か月くらいは会費を払っていただけであった。


その二の轍は踏むまい、と思いロッカーを借りることも決意した。
でも、水泳パンツがみつからなくて、みつかってからにしよー、と思ったのが3が日中のこと。


いつの間にか4月が終わろうとしている。


最近どうも体が重くて、座っているのも辛くてすぐ横になっちゃうので、フィットネスに通って体力をつけなきゃなあと思っているのだけれど、他方で、フィットネスに行くのも体力をつけてからにしないとしんどいなあとも最近思い始めている。


ぼくのスノビズム

「100カラットのダイヤモンド 虫歯にちりばめて 
とっておきの微笑を鏡に映そう」
(「ぼくのスノビズム」中村あゆみ)
 

もともと、歯に神経などいらないという信条の持ち主であるからして、虫歯になればさっさと神経抜いてくださいと頼み、あの、はぐきをがりがりやっても何も感じない麻酔の快感を何度も味わい、もはや神経を抜く歯も残っておらず、次は歯そのものを抜く番かとウキウキしながら待っていたら、昨日の食事中、ガリっという音がして、一番奥
の歯のかぶせものとその土台が取れて、歯の根っこだけの状態になってしまっていて、これはおやしらずに続く抜歯の快感を味わえるのかとウキウキ度も×2になって歯医者に行ったら、僕のかかりつけの歯医者はとても腕がよく、抜かなくてもなんとかなりますね、と言って治療されてしまった。

歯を抜くのに1回、インプラントを4本(奥歯の根っこは4本だったと思う)、最低5回はあの麻酔の快感を感じられるのかと思うと、インプラント1歯42万円は全然高くない。


Tokyo City Serenade

「Tokyo 別の夢を同じように 人は夢見てる
Tokyo 愛してるよ 僕は街を抱きしめてみる
つかのまの涙流した日も かりそめの恋にすがった夜も 
歩道橋の上で空を見てた 摩天楼の肩に三日月がいた

うなだれて街角を歩く人 愛の行方が見えない恋人

Tokyo ちがう夢を同じように与えておくれよ
Tokyo 胸をはってここで生きて行くから」(「Tokyo City Serenade」中村あゆみ)

 

今日、国際オリンピック委員会評価委員会が2016年オリンピック開催候補の東京を視察したらしい。
都バスに大きく「日本だから、できる あたらしいオリンピック!」と書かれていた。
バイクで裁判所を行き来するときには、街灯ごとに


Unite our world! 2016 Tokyo


と書かれた旗がはためいている。国家元首の来日なみの扱いじゃないか。
 

東京では1964年にオリンピックが開かれていて、今回開催されれば二度目になる。
第二次世界大戦で幻となった1940年東京オリンピックを入れれば、三度開催がとりざたされるわけだ。
他方で、大阪は立候補したことはあるが、これまでもこれからも、オリンピックが開催される見込みはないと言いきっていいだろう。
僕の司法研修所での裁判教官が大阪回りの大阪人で、「日本の中心は東京かもしれんが世界の中心は大阪だ」と白板に書き、修習生にノートに書き写すことを強要していた。
 

そんなはずはない。
通天閣を知らない人はいても東京タワーを知らない人はいないはず。
リリー・フランキーも江国香織も、「東京タワー」という小説は書いたが「通天閣」という小説は存在しないだろう。


・・・と思った後裏をとるべくアマゾンで調べたら、西加奈子という方が2006年に出版されていた。
恐るべし、大阪。


ちなみに裁判の世界でも、エェっ!?ていう画期的な消費者保護の判決を大阪高裁は時々出すが、東京高裁ではまず見受けない。
恐るべし、大阪。


死ぬのはこわい

「焼けるタイヤの臭いがしてきた 時速180Km
車の外へ体を乗り出して挨拶おくろう
ゴホゴホと咳込んで不満をまき散らし タフだったあの頃がちらつく
もっと飛ばして! 何か叫んで!
ここはつかの間アウトバーン 命が惜しいかい?
力がこもる たどりつきたい
しがみついてるMidnight 何が見える?


退屈にまぎれてた大事なものを置きざりにしたような気がする
もっと飛ばして! 何か叫んで!
命知らずのYoung Heart どこかで笑うよ
力がこもる 死ぬのはこわい
流れつかないDesaire 何が見える?」(「死ぬのはこわい」久松史奈)

 

僕が入学した東京大学では、クラスの2年生が1年生を連れて入学式前に合宿に行き、薄くなりがちなクラスのつながりを深めるという慣習が、当時はあった。いまもあると思う。
 

僕らが1年生のとき、伊豆大島に行った。
ママチャリで伊豆大島一周をした。きつかった。ワンブロック歩くだけでもう息が上がる今の僕には間違いなく、無理だ。
夜は、酒を飲まされた。
大学までお酒を飲んだことがない人なんているとは信じられないだろうけど、いるんだ、と2年生のオリエンテーター長は言った。そうか、僕の存在は信じられないものなのか。

コンパで酒を注がれたとき、「未成年ですので」と断ったという鴨志田君はもっと信じられない存在だろう。
そして、ウィスキーを一本一気飲みさせられたりとかして、口から泡を吹いて倒れる人が続出した。
オリ長は、冷静に一人一人の様子を見て、こいつはほっといて大丈夫、こいつは救急車、と的確に判定していった。
 

僕らが2年生のとき、山中湖に行った。
もう2年生なので、おおかたが運転免許を取りたてで、何か理由をつけては車を運転したがった。
オリ合宿なんて、運転の最大の見せ場ではないか。
まず何台かに分乗して下見に行った。
あおったり、幅寄せをしたりするのはまだいい方。
まがりくねって対向車の見えない追い越し禁止の片側一車線の山道を、一台が追い越しにかかり、追いこされる側もスピードを上げてそれに応えた。
追い越し車の中では、「やめてーーーー!!!」という叫び声が上がった。
 

対向車がもし来ていたら、僕たちの死亡記事が新聞の社会面にでていただろう。


その運転をしていた松本君は、ある日の夜中環状8号線を走っているとき、急にスイッチが入って、アクセルをやたらと踏み始めた。
東京にお住みの方はご存じだろうが、環8は制限速度が40キロだ。
松本君は車がキンコンキンコン言い出してもなおアクセルを踏み続け、リミットの180をだすとようやく満足して速度を落とした。


その松本君も、いまは司法修習生で、今年弁護士になる。
法曹人口の拡大は、問題のある弁護士を生み出している。← 一般論


実験の大切さ

「生徒は自分の授業が好きだ」と感じている高校の理科教師の割合は、小・中学校より極端に低いことが、国立教育政策研究所(東京都千代田区)などの調査で分かった。実験や観察を週1度以上実施している教師も1割以下で、大学受験重視の授業が生徒の理科離れを助長している可能性があるとみている。【元村有希子】(毎日新聞)
 

久し振りにスタバのコーヒーを飲んだ。
そういえば何かの本で、スタバではgrandeを買え、と書かれていた記憶がある。残念ながら、引用しようと思って探そうとしたが、どの本か見当がつかない。
その本の要旨は要するに、1ミリリットル当たりの価格が一番安いのはventiではなくgrandeだ、ということだったと思う。
誰か、実験してみてくれないだろうか。
自分でしてみたいのだが、残念ながら僕はフラスコもビーカーも持っていない。


そういえば、石綿被害が取りざたされる中、昔小学校で使った石綿付き金網はいま何に代わっているのだろう?


離婚しました。

「The Empty Day なんて不意な 
The Empty Night サヨナラ
The Empty Heart いつのまにか すれちがってた心」(「47 HARD NIGHTS」森高千里)

 

早いもので、今年も残すところ僅か9ヶ月となりました。
さて、私たちは、かねてからライフスタイルのすれちがい、人生観や育児に対する考え方の違いなどから仮面夫婦を続けてきましたが、末っ子が小学校に入学するのを機に、
離婚することといたしました。
子供たちの親権は文昭が取得しますが、今後も真弓の実家の隣に住み続けますので、家族でも友達でも恋人でもない、不思議な関係を楽しんでいきたいと思っています。
二人とも、既婚未婚を問わず、新たな恋愛を求めていますので、皆様よろしくお願いいたします。


平成21年4月1日
佐藤文昭・山田真弓(旧姓佐藤)


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