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ブログ 2009年3月アーカイブ

バブルへGO!!!!!

「『あ、携帯通じないし!っていうか、向こうも持ってないし!ああ不便な時代。どうしよう』真弓が嘆いていると、下川路が肩を叩いた。
『おい』
『あ!』
『待ち合わせする時はな、どこの改札のどこの柱の前とかちゃんと決めろよ』と言って、下川路はすたすた歩き始めた。
『だって知らないもん。この時代の待ち合わせの仕方なんか』と、真弓は下川路の後を追った。」
(君塚良一「バブルへGO タイムマシンはドラム式」)


派遣切りは相当深刻です。
僕はいま生活保護申請支援の仕事が急増していて、保護費の歳出を抑制しようとする役所側の「水際作戦」に対抗して保護を通させる「申請同行」をよくやるのですが、彼らは、携帯電話はもちろん、僕に電話をかけるお金すら持ってない。
100円持っていればいいほうで、所持金4円、という人もいます。
10月まではちゃんと家も仕事もあったのに・・・


で、相談を受けた後は市役所の正面玄関で何時に待ち合わせ、ということを決めて別れるのですが(彼らは3駅4駅は平気でよく歩きます。)、都合がつかなくなって予定を変更したいときに連絡手段がない。
いちいち事務員を約束の時間場所に行かせて、「○○さん」というプラカードを持って立たせて、約束の変更を伝えないといけない。
約束の時間に来ない相談者は、見捨てるしかない。


ほんと携帯は便利だ。
「近くに行ったら電話する」で待ち合わせが成り立つ。
僕が大学に入学したときにはまだ携帯というものはこの世になくて、校門で何時に待ち合わせ、と約束して都合がつかなくなって放置せざるを得なくなって友人関係を破壊する、ということもありましたなあ。
「鉄腕アトム」でも、ロボットアトムは発明されても電話はもっと巨大なものしか想像されていませんでした。


男は未練の生き物

「固い誓い交わしたのね そんなの知ってるわ
゛あんなに愛し合った”と何度も確かめ合い 信じて島を出たのね
だけど飛び魚のアーチをくぐって宝島に着いた頃 あなたのお姫様は 誰かと腰を振ってるわ
人は強いものよ とても強いものよ


そうよ飛び魚のアーチをくぐって宝島が見える頃 何も失わずに 同じでいられると思う?
きっと飛び魚のアーチをくぐって宝島に着いた頃 あなたのお姫様は 誰かと腰を振ってるわ
人は強いものよ
そして儚いもの」(「強く儚い者たち」cocco)

 

刑事事件の弁護が入りました。
覚せい剤の累犯で、まあ、4年は務めることになるだろうという案件です。
彼女に伝言を頼まれました。

務めを終えて立派になって帰ってきたとき、まだ君がフリーなら、僕は君の望む生き方をする、と。


僕のことは忘れて君の幸せをみつけてくれとも、誰よりもセンチメンタルに話してた。言ってることが矛盾だらけだぞ。


喉元まで出てきた言葉を、僕は抑えた。
4年の務めを終えた頃、何も失わずに、同じでいられると思う?
4年の務めを終えた頃、あなたのお姫様は、誰かと腰を振ってるよ


心はいつでも17才

「込み合うバスの窓に映った顔が疲れて見えた 今日も暮れてゆく
 

過去が恋しいわけじゃない 今が悲しいわけじゃない
だけど何かが足りない毎日の繰り返し
ほんの一瞬胸をよぎる思いに負けそうな夜に限って古いビデオながめる私は
あなたに冷たい25才


迷いながらも選べる道はひとつ 皆同じ
立ち止まっても時はすぎてゆくから
なおさら今このひととき大事な35才


いつでも夢みる17才
時にはあなたに優しい25才
ないものねだりの得意な35才」(「心はいつでも17才seventeen」竹内まりや)



今日は僕の35才の誕生日。

17才だった、高校3年生のころと、倍の人生をすでに歩んだという実感が、あまりしない。
いまでもあのときの彼女から、ふっと電話がかかってくるんじゃないか、ていう気がしてならない。
たしかに、僕の人生のピークは17才だった。
女の子にもてたという意味合いでは。


日曜日、高校の卒業17年ぶりの同期会があった。
担任の先生がたと同じ目線で話をするというのは、なかなかぎこちない感がある。
イベントの栄光クイズで
「清泉女学院で、一番人気のあった栄光40期生は次のうち誰?」
1 渡辺拓郎  2 武田信一 3 舛岡裕雄
といったクイズがあって、どう検証するのかとおもったら、清泉の同学年と結婚した男がいて、そいつのかみさんに取材して、
    栄光学園の隣にあった清泉女学院でもっとも人気のあった40期生は武田クン
と判定された。


僕は、近所の女子高の学園祭に行くということもなく、地道に予備校でガールフレンドを作っていたのですが、やはり、みんな2高3のときにはカップルをつくり、親の庇護のもと、青春を謳歌していたんですね。
 

立ち止まっていても時はすぎていくから、大事なこの35才のとき。
過去が恋しいわけじゃない 今が悲しいわけじゃない
だけど何かが足りない毎日の繰り返しに、夢見る17才のとき。
 

あの日に帰って、あの日そばにいた人たちと、あの日の生活をしたいとふと思う。
 

「仲間に会えて心強かった。明日になればそれぞれの現実が待っているけれど、今日だけはみんながティーンエイジャーだ。」(奥田英朗「ガール」)


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