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ブログ 2008年8月アーカイブ

十代に罪はない

小学生になるうちの子供は、飛行機に乗って旅行するのが大好きだ。
だから、1985年8月12日に起きたことを、知っておいてほしい、感じておいてほしいと思った。
自由研究の課題も進まないと聞いていたし、そもそも何かを勉強することよりも何かを感じることを大事にする大人になってほしいと、思っている。
うちの子供は映画館も好きなので、ちょっと2年生には難しいけれども、クライマーズ・ハイを一緒に見ようと、映画館に連れて行った。
崖の上のポニョは、悪いがスルーさせてもらう。

8時55分開演、ご飯を食べる時間はある。
そして11時30分終演。たぶん、インパクトのある場面を見た後は、寝ているだろう。
興奮して眠れないような、感受性の豊かな子供であってくれたらいいけれど。

そう思っていたら、なんといまや、東京都の条例で、未成年者は23時以降外出禁止と決まっているそうなのだ。
だから23時を過ぎる映画の小人券は売れないし、大人券を買ったとしても入場もさせられないと、映画館の人は言う。
さすがの僕も、うちの子供は20歳だと言い張るのは、ちょっとだけ、きつい。

高校生がセンター街あたりをたむろす姿は、昔話なのですか?

ぼくたちの7時間戦争

どうしても今日中に相談がしたい、という依頼があり、夜の23時30分から相談を受けました。
その人は道路での露店を営んでおり、従業員が、何の警告もなしに、いきなり逮捕されてしまったと。

許可を得ずに道路で店を開く行為は、道路交通法で3月以下の懲役または5万円以下の罰金と定められており、急ブレーキの禁止と同じ法定刑の、はっきりいって微罪です。
ふつうは、何度か警告があり、それに従わないときに逮捕されるのが通例だそうなのですが。

また、その場所には数軒の露店が出ており、一斉摘発ならまだ理解できますが、その人だけが逮捕されたそうなのです。
早速夜中の0時過ぎに警察に行って弁護人選任届をとりました。
本人いわく、翌日裁判所に呼ばれていて、勾留質問だとか。
勾留質問の結果逃亡・証拠隠滅のおそれありと判断されれば、10日間勾留されてしまいます。

翌日朝10時から、戦争は始りました。
まず東京地裁令状部(刑事14部)に電話をかけ、被疑者との面接前に勾留担当裁判官との面接を約束しました。
そして、話し合いをしたところ、          
・裁判官もぶっちゃけ勾留の必要性に疑問を感じないではないが、いままで10回以上も交通違反での呼び出しに応じておらず、逃亡の恐れを否定できない
・警察からの呼び出しに必ず出頭させるという身柄引き受け人がいれば、勾留しないとの決定も考える
・しかし記録を見ると父親はほとんど中国にいるらしく身柄を引き受けられないのではないか
ということでした。
裁判官に携帯電話の番号を教え、お互い裁判の合間に連絡を密に取り合うことを約束しました。
早速本人と面会して聞いたところ、1回はたしかに出頭しなかったが、理由は警察に電話したとのこと、あとは引っ越しの際にまぎれたのではないかということ、母親の携帯と彼女の携帯は分かるが父の携帯は自分の携帯のメモリを見ないとわからないこと、などを言っていました。
まずは以上のことを裁判官に報告。

そしてひたすら母親に電話するも、出ず。
彼女に電話するも、父親の連絡先は分からず、周囲の人にあたってみるとのこと
雇い主は履歴書も何も貰わずに雇ったのでわからないとのこと
警察署に携帯電話の引き渡しを求めるも、本人からの依頼が必要なので翌日以降になるとのこと

裁判官に報告し、彼女が身元を引き受けるのではだめかと聞いたら、しばらく検討のうえ、駄目だとの返事。

その後、裁判官から、本人と面会した結果、父親は一か月の半分以上は日本に住んでいるようなので、母親がだめなら父親が身元を引き受ける旨裁判所に電話を一本入れれば 釈放すると言われました。
しかし、その父親の電話番号がわからない、と報告
裁判官からも、警察署に父親の電話番号を調べて報告するよう照会をかけてくれました。

裁判官からは、14時50分までに連絡が取れなければ勾留するので、そのあと連絡をとって準抗告で勾留取り消しを請求するように、と期限が区切られました。
でもなにも手を出せないまま、タイムアウト。

と思っていたら裁判官から携帯に電話があり、警察から父親の電話番号の回答があり、父親と連絡が取れたので釈放するということでした。
午後17時

裁判官と20回以上にわたり連絡をとりあった「戦争」は、検察官の勾留請求却下という勝利で「終戦」しました。

法の番人に気をつけろ

司法試験の合格者が倍増し、大学生でも間違えんぞという間違いをして司法研修所の卒業試験に不合格になる司法試験合格者がいるなか、いまだ、弁護士の敷居はたかいみたい、です。

脱線しますけど、法律上、動産は手に入ると思って買えば売主が偽者でも手に入るのです(即時取得といいます。)。
これに対し、不動産の場合ちゃんと登記という制度があるので、売主が他人の土地を売ったとしても、その他人の土地を買った人が他人の土地の所有者になることはできません。不動産では即時取得はできないからですが、考えてみれば当たり前ですね。

しかーし、この場合のように、不動産でも即時取得するという答案を書いた人間が去年は複数いたと。
弁護士1年生のレベルはどんどん落ちてます。

話を元に戻して、で、ある事件の相談者が、離婚の経験者なのですが、
       調停離婚は弁護士費用高いですよねー
と振ってきました。
       ? です。調停しなきゃ離婚できませんし。
 もちろん、調停をご自分でなさって不成立になり、その後の訴訟だけから受任した場合に比べれば、値段に差は当然つけますが、それでも普通は30万円くらい。
       調停30万円
       離婚訴訟30万円
       報酬30万円
くらいが相場ですよと言うと、驚いてました。

 なんと、その人は弁護士になんだかんだ言われて400万円も取られたのだと。

 しかも、最後に驚いたのは、
       事件の記録は3年間保管してあげられることになっているから保管料100万円持ってきなさい
 と弁護士が言ったとのこと
       事件の記録は3年間保管してあげられる
のではなくて
       事件の記録は3年間保管しなければならない
のであって、弁護士の義務なのです。
 そこで金を取るなんて、頭いいというかなんというか、風呂場にあふれかえる記録を見ながら複雑な心境でした。

 ひどい弁護士がいるもんだから、敷居が高くなっちゃうんですよね。

沈黙

「今日一日、ミサキの抱えた問題について、どれほどの言葉を発することだできただろうか。慰めも愛情の共感も、確かな言葉はたった一つも言えることができなかったように思う。きっと、僕にできることは、ただ黙ることだったのだ。だまることでしか、痛みを共有できないのかもしれない。安易な言葉の慰めは自己満足だ。自分の抱えてしまった重い気持ちを軽減するための卑怯な傍観者の言葉だ。慰めることさえできない自分に、まず僕は耐え続けなければいけないのだろう 『人間はどんなことにも慣れることが出来る動物だ』・・・いつか聞いた警句を思い出した。大学時代のことだったろうか、初めて聞いたときは、ひどく後ろ向きの消極的な 言葉に思ったが、もしかしたら救いの言葉だったのかもしれないと思う。」(榊康彦「100万分の1の恋人」)

言葉に表さなければ、裁判では、証拠にならない。
しかし、言葉にできない感情や表現というものが、裁判ではなぜ許されていないのだろう。
ことばにすれば陳腐で、信用ならないことであっても、その人と何か月も弁護人として付き合っていると、分かってくることがある。
そういうものがあるということ自体、官僚裁判官には理解できていないし、「法廷に提出できない弁護人の力量不足」で片づけられてしまう。

黙ることは抵抗ではない。
好意を示すために、黙るしかないことだってあるのだ。

ナベアツ

山谷の要保護者の簡易宿泊所を訪れたあと、町田警察署に接見に行ったのですが、ナビに従って行ったら甲州街道から細い道に入り、世田谷通りを通るなど、えらく時間がかかる道を選ばれてしまいました。

帰りは、国道246号で帰ったのですが、30分ちょっとで東京まで着きました。
鈴木君「なんで246こんなにすいているんだろうね」
僕「みんなアホになりたくないからじゃない?」

午前3時のオプ

「夜間も法律相談をおこなっています(要予約)」が事務所の売りになっていると勘違いしている弁護士さんが多いようです。
そんなのあたりまえだのクラッカー。

とにかく今日中に相談したい、といって相談にこられる方をお受けするのが僕のポリシーにしています。
昨日は、午後11時半にまず予約が入りました
なんでかわからないが、微罪で逮捕されてしまったというもの。
その後接見に行かないとようわかりませんな、ということで接見を0時から予定している旨警察署に連絡を入れておいたら、もう一人、どうしても今日中に、という方の電話がありました。

1時半になっちゃいますけどいいですか?0時ころから事務所でお待ちいただいてもいいですから、と婉曲的にお断りしたら、ぜひお願いしますということでした。
おいおい次の日10時の書面も準備していないのに、いったいどうすれば。。。

とにかく1時には彼と会いました。
相談は3時にまで及びました。
相談内容は、二股交際がばれて、しかも自分のしらないうちに性病を映してしまっていたこと、彼女から「ストーカー的」メールが絶え間なく、精神的にもたないということでした。
しかし、メールを見る限り、怒ってはいるけど、ストーカーには私は思えませんでした。
夜昼となく電話とメールが来ているので、錯覚におちいっているのではないかなと、思いました。
まるで、見えないものが見えているように、恐怖を感じておられます。
あと、性病を感染させたことに関しては、故意にやれば不法行為(というか傷害罪)ですけれども、自分も感染にきづいていなかったというのですから、風邪をうつしたのと 同じで、何も問題はないというと、目からうろこという感じの表情をしていました。

彼の目には、状況がどういう風に見えていたのでしょうね。

「月光」

「I'm GOD's child この腐敗した世界に堕とされた
How live I on a such field? こんなもののために生まれたんじゃない。
突風に埋もれる足取り 倒れそうになるのを、この鎖が許さない
心を明け渡したままで あなたの感覚だけは散らばって
私はまだ上手片付けられずに

「理由」をもっとしゃべって。 私が眠れるまで
効かない薬ばかり転がってるけど
ここに声もないのにいったい何を信じれば?

I'm GOD's child 哀しい音は背中に傷痕をつけて
I can't hang out this world こんな思いじゃ他に居場所なんてない
不愉快に冷たい壁とか? 次はどれに弱さを許す?」(鬼束ちひろ「月光」)

子供には、いつもあったか、明るく元気に育ってほしいと、思うだろう。
元気なことは悪いことじゃない。
前向きなことも悪いことじゃない。
でも、後ろ向きなことも、悪いことじゃないと思う。
この仕事をしていると、心理的に弱いクライエントに出会うことがある。
そして、僕自身も心理的にとても弱い。
この夏は、北島康介でも泣いたし、野口みずきでも泣いたし、御巣鷹山でも泣いた。
鎮静剤を必要とするほどに。
弱いことが、否定的なことだとは思われない。

弱い人は、とても多い。
彼らは、社会の陰に埋もれてしまっていて見えないが。
あまりに弱くて、生活保護の申請すら「区役所が怖くて」できない人たちがいる。
競争主義を推進し、適者生存を原則とし、不適合者を切り捨てていくような、独占禁止法的社会は、望ましいとは思われない。 少なくとも弁護士は、弱い人たちの側にいるべきだと思う。

Insomnia

「私のどこかで何かが消え失せ
錆びついた怒りを手放そうとしている
私は鳥になり、雑踏を飛んでいく
迷いは羽根になり全てを振り切っていく
LIFE, MY LIFE, MY FRAGILE LIFE
やっと気付いたの」(「螺旋」鬼束ちひろ)

僕はInsomniaで、効かない薬ばかりが転がっている。
でも、昼間は、眠れるから不思議だ。
裁判の合間に、弁護士会のマッサージチェアで寝ている。

その時僕は空を飛ぶ。
強く息を吸い込んで、ちょっとだけ吐いて、肺を空気で満たすと、マッサージチェアごと浮かんでいく。
最初はきついが、ある程度の高度になると、周囲の気圧が低いので、楽に上がり下がりできる。
雑踏が見える。
何かに対して怒っていたことも、どうでもよくなる。

高度自己ベストを更新すると、落下に入り、弁護士会の4階に戻る。
多くの場合、次の裁判の時間を少し過ぎている。

昨日見た夢

検察庁との合同飲み会。
隣の検事が、名刺を、名前を自分の方に向けて渡してきた。
僕はそれをくるっと回して受け取った。

検事の世界は序列が厳しいらしく、みな上の者のいうことを黙って聞いていて、つまらない。
僕はテーブルの上の御膳をどけて、枕を出して寝た。
自分に向けて名刺を渡した検事が、切れた。
俺が場を盛り上げてやっているのに、とかなんとか。
じゃあ、邪魔しちゃ悪いから、このへどがでるような会合が終わるまで寝る場所をどこかにくれと、僕は言った。
かわいい若い女の検察事務官が、隅にスペースを作ってくれた。
「弁護士って、どんなお仕事なんですか?」
「検事が作る嘘っぱちの調書を否定するのがしごとだよ」と僕が答えた。
「嘘っぱちなんですか?」
「半分くらいはね」
寝ようとすると、少し理性のありそうな検事が、仲裁に入ってきた。
しかし、切れるととことん切れるのが僕なので、仲裁は不調に終わった。
第二の検事は、「高検の長官を呼んでこよう。」と言って去った。

初老の男性が、第二の検事とともに入ってきた。
僕は、第一の検事がとてつもなくつまらない話をしていたこと、そしてだれも反応していなかったこと、枕が変わると眠れないことを告げた。
なんと、長官は、「彼には話す権利があるが、君には聞かない権利がある」と僕の味方をしてくれた。
それを第一の検事に話してくださいと言って、長官と僕は手を取り合って、広い会場の中を第一の検事探しに走り始めた。
長官は、「鬼ごっこを思い出すね」と笑っていた。
周囲の観客は、走る僕らにぶつかったり避けたり混乱しながらも、「あいつは気づいて逃げまわってるよ」とエールを送ってくれた。
エレベーターに乗って、逃げようとする第一の検事を見つけた。
僕は走り出して、馬乗りになって抑えこんだ。

「長官!」

そう叫んだところで、目が覚めた。
(実際には、高等検察庁の長は検事長といい、長官は存在しません。)

タクシードライバー

ベトナム帰りのタクシードライバーは苦労人とみえて、酔っ払いの泣き顔を見て見ぬふりして、天気予報が今夜も外れた話と、野球の話ばかり何度も何度も繰り返す。

でも、無賃乗車は見て見ぬふりはしない。

今日はとある外国人の強盗致傷の被疑者国選弁護事件を依頼されました。
タクシー代金を踏み倒そうとして逃げて、捕まる際にドライバーと逮捕に協力した通行人にかすり傷を負わせたもの。

接見に行って、被疑者に、日本の法律では、留置場では電話はかけられないこと、法定刑が6年以上の懲役になることを告げたら、腰を抜かして面会室をうろうろしまわり、
OH, MY GOD!を繰り返していました。
踏み倒したタクシー代は4000円くらいなんですけど、ただの傷害事件なら罰金ですむものもこの4000円があったがために強盗傷害となり、6年以上の懲役になってしまうのです。
示談が成立して酌量減軽がされてやっと懲役3年以上、3年ならギリで執行猶予がつく可能性がゼロではないという重大犯罪なのです。

本国から、示談金を持ってお母さんが飛んでくるそうです。

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